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座談者プロフィール

山本 享

聖学院中学校・高等学校教諭保健体育科

レゴ®シリアスプレイ®メソッドと教材活用の認定ファシリテーター。保健体育を担当。数学教諭の免許も持つ。学校内外で価値創造型・課題解決型PBLを実践。研究テーマは教育格差と地域活性化。

川村 明子

女子聖学院中学校・高等学校教諭 数学科

ICT教育推進委員会メンバー。イギリスの大学院に留学中「教育政策とリーダーシップ」について研究。教育を社会科学として捉える諸外国の事例に学ぶ。前任校でもICT教育推進を担当し、リーダーシップ育成や研修の組み立てに貢献。

柳川 雄飛

株式会社ロフトワーク
プロデューサー

様々な企業や組織の課題を解決すべく、関わる人の主体性・創造性を引き出すプロジェクトやコミュニケーションデザインを得意とする。2016年より聖学院大学の広報部との取り組み「&Seig Project」の企画に継続的に携わる。

VUCA時代とは、何が起こるかわからない、先の予測が困難な時代を意味します。先頃発生した新型コロナウイルスは、まさにVUCAを象徴するような出来事です。このような時代に対処していく力として聖学院中学校・高等学校(以下聖学院中高)では、PBL(Project Based Learning)を活用し、課題解決・価値創造のプロジェクトを展開しています。また女子聖学院中学校・高等学校(以下女子聖学院中高)ではICT教育推進委員会を昨年11月に発足。常に変化し続ける世の中だからこそインターネットツールのスキルだけではなく情報とコミュニケーション能力も身につけられる教育へと改革を始めました。聖学院中高で上記プロジェクトをマネジメントされている山本享先生と女子聖学院中高、ICT教育推進委員の川村明子先生に加え、聖学院大学のブランディング事業「&Seigプロジェクト」に携われている株式会社ロフトワークの柳川雄飛さんにもご参加いただき、5月にオンラインでのトークイベントを行いました。

聖学院中高のPBLの紹介

山本 今回お話しさせていただくテーマがPBLです。プロジェクトベースドラーニング(Project Based Learning)と言い、プロジェクトを体験しながら学んでいく学習です。聖学院中高では様々なPBLがあるのですが、その中の一つ、中3の糸魚川農村体験学習という学校行事におけるPBLをご紹介していきます。糸魚川農村体験学習は今年で35年目をむかえる伝統行事です。大変お世話になってきた糸魚川に何か恩返しをしたい。ここが今回PBLという形を取り入れたスタート地点になっています。

具体的には糸魚川市の人口減少の課題に取り組み、一度来た人にリピートしてもらうガイドブックを作るのがゴールです。ゴールは設定してますがそれ以外の施策も実施しました。例えばガイドブックの印刷費をクラウドファンディングで集めたり、SNSで広報したりマスコミにプレスリリースを送ったりしました。どれも最初は教員が関わりますが、あとは生徒に運営を任せています。ガイドブックの制作がゴールですが、裏テーマとしては、プロジェクトを通して「できる」というマインドを育成していきたいです。それが最終的な私たちの成果なのかなという風に思ってます。

柳川 成功体験を作っていくことなど興味深いキーワードがたくさんあります。後ほど詳しく伺わせてください。

聖学院大学のブランディング事業に携わるっているプロジェクトマネージャーの柳川さん
今回のトークイベントではファシリテーターも務めさせていただきました

女子聖学院のICT教育推進委員会の紹介

川村 私の方からは女子聖学院中高の取り組みについてご紹介させていただきます。私は昨年度女子聖学院中高に着任し、同年11月に立ち上がったICT教育推進委員会(以下ICT委員会)の主要メンバーを務めさせていただいています。
ICT委員会の活動の一つとして女子聖学院中高におけるICT教育のビジョン策定があります。ICTはあくまでツールなので、普段の教科指導や教育活動の中にそのツールをどう埋め込んでいくのかが重要です。その柱となるのがICTのビジョンです。今、新型コロナウイルスの影響で、授業はオンラインになっています。オンライン授業を始める上でもビジョンが必要でした。日常的な活動としては、メンバーが実践したICTの活用例を共有したり、他の教員からの質問に対応したり、逆に教員が個人レベルで授業に取り入れている活用方法を教えていただいたりしています。集まった情報の共有手段としてニュースレターを作っています。ICT活用について考えていただく教師研修会も行なっています。
今、特に主要5教科の教員は週5日、毎日オンラインで授業を配信しています。もともと女子聖学院中高はICT環境の土台が整っていましたが、それにしてもこのペースで授業動画等を作成されているのはすごいことです。本当にどの教員も生徒のために頑張ってくださっています。オンライン授業によって学内の情報活用能力が一気に活性化したと思います。

柳川 ありがとうございました。コロナの影響から、オンライン授業を進めて行かなければならない。学びを止めないようにする動きが広がっていますが、先生方が積極的に取り組まれていて、更に先生方が学んでいっている所が印象的でした。

女子聖学院中高のICT環境に特化したフューチャールーム

教員間でICTの情報を共有するためのニュースレター

ロフトワークと聖学院大学の「&Seigプロジェクト」

柳川 私の方からは、聖学院大学と弊社のブランディング事業「&Seigプロジェクト」をご紹介しようと思います。元々大学には「面倒見の良い大学、入って伸びる大学」というキャッチコピーがありました。これに対する受験生や社会の印象が、大学が本来目指したい所とズレているというのが、2017年の4月ごろに大学の広報が抱えていた課題でした。同時に、翌2018年の創立30周年を機に、きちんと大学の魅力もアップデートしようという学内の要望があり、ブランド力向上委員会という教職員横断型の組織ができました。この委員会と弊社が連携してブランディング事業が始まり、「一人を愛し、一人を育む。」というタグラインができました。
次に新しいタグラインを具現化するための企画がいくつか生まれました。特徴的だったのはヴェリタス祭で行った展示です。来場者に普段の買い物で渡されるレシートを持ってきていただき、一人ひとりの買い物をした時の思い出や記憶を書き起こしてもらって作品にしました。学生や卒業生および地域の方々が集まるヴェリタス祭で、一人の小さな物語に着目する企画を行うことで「一人を愛し、一人を育む。」という大学の姿勢への理解と興味を深めることができました。

ヴェリタス祭で開催されたレシートの展示

「一人を愛し、一人を育む。」を体現する「& Seig」の広報ツール「&Seig Magazine」

昨年4月からはもう少し学内の魅力を掘り下げたいということで、教職員の方々を巻き込んで、コンテンツを作り、それをマガジンやエキシビジョン、オリジナルで作ったWebサイトなどから発信することになりました。
私からの紹介は以上です。ここからはトークセッションということで先生方にいろいろ伺っていきたいと思います。

PBLマネジメントについて

柳川 山本先生に伺います。PBLの難しい部分と効果的な部分は、どんなものがありますか?

山本 初期段階の問題として教員自体に、「たくさんの知識がないとプロジェクトってできないよね」というマインドがありました。学内で話し合われ、そこを変えるために、まずはプロジェクトをやってみて足りないものを学んでいこうということになりました。「行動が先で、知識は後」と。また中学生の男子はやりたいことがたくさんあるのにやらせてあげる場がありませんでした。そこで生徒がやりたいことを全てやらせてみようということになりました。学校が許容する線引きを外して生徒のやりたいことを全部やらせたら、教員は大変ですが、生徒の学びはすごく増えました。

柳川 なるほど。そのプロジェクト・マネジメントの観点でいくと、やりたいことが増えるのはポジティブだと思いますが、そのコントロールはどうされていますか?

山本 実際の流れでご説明すると、例えば糸魚川農村体験学習では、教員が用意したプロジェクトは、ガイドブックの作成のみです。その他は生徒たちがやりたいことを出しあって、自主的にプロジェクトにしたものです。そういう試みでした。17人の生徒たちがメインになり、ブレストしてチームを募って進めて行った結果、最初は51個プロジェクトができました(笑)。そこから自分たちでやってみて「これはダメだね」と精査していって、最終的には7つに絞り込みました。その中で最後まで生き残ったのが3つです。この絞り込みで、話が活性化しなければ教員がファシリテートする予定で、そういうコントロールは考えていました。でもその必要はありませんでした。生徒が自分たちで「これは現実的には難しい」とか「協働者がいない」とか考えていくのも良い学びかなと思います。

柳川 生徒にできる限り任せる、信頼して預けていく、という点が伺っていて印象的でした。

「学校が許容する線引きを外して生徒のやりたいことを全部やらせたら、生徒の学びはすごく増えました」と語る山本先生

ICT普及のハードルとICTビジョンについて

柳川 川村先生に伺います。ICT教育の一歩目としてハードルとなったものはありますか。

柳川 私が女子聖学院に入ったころ電子黒板やプロジェクター、iPadを使っている教員は限定的でした。最初のころ色々使ってみたけれども不具合だとかスムーズにいかないところがあって、やっぱり従来型の授業形式に戻っているという先生もいらっしゃいました。これが言ってみれば一つのハードルだったと思います。ただコロナの影響で授業をオンライン化する必要性が生まれ、教員の皆さんがどんどん使いこなすようになっています。1か月2か月くらいでものすごくスキルアップをしています。

柳川 ICT教育推進委員会もある種プロジェクト型なのかなと思うのですが、そのプロジェクトチーム自体は有志の先生方で組まれてるのですか。

川村 職員会議で人員募集の呼びかけがあった後、エキスパートでは全然ないのですが、私もそれなりに経験があったので、私から主要5教科の若手の先生に声をかけさせてもらい、メンバーが揃いました。

柳川 今までの学校の取り組みの中ではあまりなかったチャレンジだと思います。チームの方々の中で大切にしている思いや、向かっている目標などはありますか?

川村 そうですね。もともとすごくクリエイティブな授業をされてる先生方の集まりで、好奇心も強く、「これやったら面白いんじゃないか」「こんな機能がある」など、話し合いではどんどん意見がでてきました。その中で「対話的でクリエイティブ」というキーワードが出てきて、ちゃんと自分事として考えていく、常に情報共有しながら学び続ける、その視点を大事にしようと話がまとまりました。それが女子聖学院のICTビジョンになっています。ミーティングに限らず何か見つければすぐに共有していましたし、仕事の後も何時間も話したりしていました。そういったコミュニケーションの豊かさが結果的に生徒たちに還元されると思いますし、様々なアイディアが出てとても充実していました。

「ICTに関する議論の豊かさが生徒の学びに還元されると思います」と語る川村先生

PBLの課題設定と情報収集の重要性について

柳川 PBLで、課題はどう情報収集して、どう設定してますか?

山本 2つ軸があって、ひとつは自分の中で感じた身近な疑問とかです。これって本当に正しいのか?そういった疑問が湧いた時に課題設定して、生徒に投げかけるプロジェクトを起こします。情報収集の方法としてはそれこそインターネットであったり、同僚との会話、外の社会人の方とのつながりなどです。
もう1つは、もっと雑で、問題定義をしません。すごくやりたいことから発信します。たとえば「糸魚川を、良い所だし盛り上げたいよね」くらいで生徒に投げかけます。じゃあ、どういう方法があるか何ができるかなどゼロベースでのアイディア発想をします。自分たちで問題を発掘する。そのための材料探しから、生徒で意見を出し合って考えるというやり方です。

柳川 川村先生はいかがですか?情報収集で何か工夫されてることはありますか?

川村 先ほど山本先生が「社会人の方とのつながり」とおっしゃってましたが、私もそれはすごく大事だと思っています。メディアでも日本の学校は情報活用能力が遅れていると報じられています。私も海外で勉強した際にその差は感じました。学校の中にいても社会の変化に敏感になることは大事です。そのため海外のニュース番組をチェックしていますし、色々な国に友人がいるのでインターネットで情報交換もしています。

新型コロナウイルス収束後と今後の展望

山本 聖学院中高でもコロナの影響によって先生方のICTの活用が進んでいます。川村先生は、コロナが終わった後、授業はどういう形になっていると思いますか?

川村 本当にそれは大きな課題です。今は教員だけではなく、生徒も学び方、学ぶ方法について考えたり工夫していると思います。それについては教員がいかにうまくサポートしてあげられるかが問われると思いますが、生徒の学びのスタイルに大きな変化が起こっています。対面の授業に戻った時、それまでの学びが途切れないよう委員会のメンバーと考えていきたいと思います。どういう授業の形がいいのか、まだ結論は出ていませんがとにかく途切れないように、できあがってきているものをうまく使っていきたい、その気持ちは強く持っています。

柳川 今回お二人の話を聞いていて強く思ったのは、生徒や教員のやりたいこと、情熱が向いていくところをきちんと軸に据えてプロジェクトを推進されているということです。だから行動が成功体験になり、自分ごととして深まるんですね。これからの学びのあり方としてとても大切なことだと感じました。
これからお二人が取り組んでいきたいことを伺えますでしょうか。

山本 問題解決できる生徒は、これまでもたくさんいました。そういう生徒たちは教員に対して次の課題を求める傾向があります。「先生、次の目標をください」「先生、次どうしたらいいですか?」。本当に自走していく生徒とは、自分から問題提起をして、「先生、実は今こんな話をしてますよ」と報告してくれる生徒だと思います。聖学院中高のPBLを、そういう価値創造できる生徒育成にしていきたいと思ってます。また様々な格差に目を向けて解決していけるような、ソーシャルビジネスに取り組んでいける生徒を育てていきたいです。

川村 ICTに限らず人生100年時代を迎え、キャリアに関しては、ずっと同じところに勤めるということもなくなっていきます。常に学び続けて、その中で自分を変容させながらよりよい社会に貢献していく認識が必要です。生徒たちには自分で学びを調整し自分に合った形で取り組んでいく、そういった姿勢やスキルを身につけていって欲しいです。それをICT担当の立場で実現していきたいと思います。
(取材日/2020年5月)

※VUCA(ブーカ)とは

4つの単語(Volatility[変動性]/Uncertainty[不確実性]/Complexity[複雑性]/Ambiguity[曖昧性])から頭文字をとって作られた単語であり、現代のカオス化した経済環境を指す言葉です。
一言でいうと「予測不能な状態」を意味します。
VUCAはもともと1990年代にアメリカの軍事領域において用いられてきた言葉で、昨今、経済、企業組織、個人のキャリアにいたるまで、ありとあらゆるものを取り巻く環境が複雑さを増し、将来の予測が困難な状況にあります。そんな中、2010年代に入って以降、世界の経済界各所で「VUCAの時代」が到来したといわれるようになりました。
(出典:BizHint 用語解説 VUCA https://bizhint.jp/keyword/40037

※プロジェクトマネジメントとは

「プロジェクトをマネジメント(管理)すること」を意味します。プロジェクトマネージャーの任務とは、計画、進捗、作業系統化、コスト、リソース(人、物)、時間、リスクといった制約条件を管理しながら、プロジェクト完了までチームを効率的にリードしていくことです。かつては、ベテランの勘など属人的な要素でプロジェクトが運行されてきました。現在はPMBOK(Project Management Body of Knowledge・プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)」という、プロジェクトマネジメントの知識を体系的にまとめた参考書のようなものを用いておこなうのが一般的となりました。
(出典:TECH CAMP ピックアップ https://tech-camp.in/note/pickup/65590/ )