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&Talk _ 聖学院の音楽教育

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鼎談  村山 順吉 × 久保田 翠 × 官野 菜摘

聖学院NEWS LETTER No.283 取材日/2022年7月


自分にしか出せない音があります。それぞれがその音をもって集まるからアンサンブルは楽しい。
それだけで人生は豊かになります。そのことを経験できるのが学校です。

(左から)
●官野 菜摘:聖学院小学校音楽科敦諭。玉川大学芸術学部芸術教育学科を卒業後、私立高校にて音楽科非常勤講師を務める。2022年4月より現職。在学中はピアノを専攻するほか、大学オーケストラでチェロを演奏する。現在は1,2.3,5年生の授業を担当する。
●村山 順吉:2017年3月まで学校法人聖学院理事、聖学院小学校校長、聖学院大学児童学科教授・学科長、大学院兼任敦授、付属みとり幼稚園長兼務。現在は母校(学校法人自由学園)理事長、聖学院大学名誉敦授、日本演奏連盟会員。日本同盟基督教団小平聖書キリスト教会員。
●久保田 翠:東京藝術大学作曲科卒業、東京大学大学院修士課程修了。神戸女学院大学音楽学部専任講師を経て2017年より聖学院大学准教授。 2020年に発表したアルバム『later』は各所て好評を博した。著書に『ピアノで弾くチャーチソング~讃美歌・聖歌』など。 https://midorikubota.net

――文部科学省の音楽科の小学校学習指導要領には「 生活や社会の中の音や音楽と豊かに関わる資質・能力の育成 」(※1)という言葉が繰り返し出てきます 。音や音楽と豊かに関わることの大切さとは何か 。ピアニストとしてリサイタルやオーケストラとの協演をされている元聖学院小学校校長・元聖学院大学児童学科長の村山順吉先生 、聖学院大学児童学科にて小学校・幼稚園教諭を目指す学生を指導している久保田翠先生 、今まさに聖学院小学校の音楽教育の現場に立っている官野菜摘先生の3名ににお集まりいただき、お話をうかがいました。――

■音に出合い、自分の大切さ、人の大切さを知る

ーー音楽教育の意義について教えてください。

村山 子どもが自分の心に響く音や、自分にとって心地よい音に出合うということはとても大切だと思います。その感覚は尊重されるべきものですし、その子どもの感覚や感性が大切に扱われることは、子どもそのものを大切にすること、大切に育てていくことだと思っています。音楽の授業の中で合奏をした時、子どもたちは、自分と他の人とでは好きな音や良いと思う音が違うことに気付いていきます。そして奏でる音も違うことに気付きます。一人ひとりにそれぞれの音があるのです。自分と違う音でも素敵な音があることにもまた気付いていきます。一人ひとりが違った音を奏でながら、みんなの音が生きていく。誰かが欠けたら違う響きになってしまいます。この体験は、自分たちの誰もが取りかえることができないたった一つの大切な存在であることを教えてくれます。他の人の音も尊重できるようになるのです。これは授業があるからこそできる体験だと思います。

久保田 村山先生のおっしゃる通り、音楽教育には、他者の存在を受け入れて認めるという側面があると思います。ある音楽について、他の人がどう感じているか、どう表現しているかを知る機会はそう多くはないかもしれません。しかし学校では常に他の人の価値観に触れることができます。他の人の奏でる音楽や知識や価値観に触れ、比較することで、自分にとっての音楽の意味が見えてくることがあると思います。また、ある音楽が教科書で扱われていたとして、自分はその音楽を知らなかったとしても、そこで扱われているということにより、その音楽は誰かにとっては意味があるのだということを知ることができます。音楽教育にはこのような意味と役割があると思います。

官野 今、ちょうど小学校2年生で合奏をやっています。教科書に掲載されている楽譜を、メロディーラインと対旋律に分かれて、木琴と鍵盤ハーモニカで演奏しています。鍵盤ハーモニカだけではメロディーがはっきりせず、子どもたちは消化しきれない様子だったのですが、木琴と合わせた時、初めて一つの曲が成立したことを実感できたようで、子どもたちの感動が教室全体に広がりました。合奏は一緒に音を出す楽しさと、曲が完成したという達成感を子どもたちに与えてくれます。それがこうした「感動体験」となります。楽しいと感じることが大切で、そこから「次にこれをしたらどうなるんだろう」という知的好奇心の芽生えにもつながっていくように思います。

久保田 官野先生のお話をうかがい、合奏をする時の子どもたちの反応と大学生の反応は本質的なところでは変わらないと思いました。年齢、経験、立場とは関係なく、一緒に音を出し合奏するのは楽しいことです。その楽しさを同じ空間で分かち合えるのは音楽の良いところだと思います。私の授業でも学生たちに楽しくあってほしいと思っています。

■音楽は楽しいということを知ってほしい

ーー音楽の授業で課題に感じていることはなんですか?

官野 実技の序盤でつまずくと苦手意識を持つ子どもたちがいます。特にリコーダーは取り組む曲が難しくなってくると指を変えたりタンギング(※2)をしたりと、やることが増えるので子どもたちがつまずきやすくなります。一方で、指の押さえ方やタンギングの仕方など、苦手なところは共通しているので、私はそこを丹念に教えるようにしています。それでもうまくいかない子には、休み時間に練習に誘っています。もちろん自由参加です。練習にきた児童には、マンツーマンで教えています。苦手意識から音楽の時間が嫌いになってしまわないように、児童に寄り添いたいと思っています。子どもたちの興味を惹くことのできるディズニーの曲などを取り入れて、やる気をアップさせる工夫もしています。

久保田 教職を目指す学生の中に、ピアノを弾いたことがないという学生が増えています。数十年前までは子どもの頃にピアノを習っていたという学生が多かったのですが、今はそういう時代ではありません。大学では、そうした学生を単位修得できるレベルまで持っていくことが課題になっています。教職を目指す大学生には、より自発的な努力が求められますし、教員としても彼らが努力しやすい環境を作ることが重要になります。例えばマスターする曲数を設定するなど目に見える目標を掲げたり、初心者から経験者までレベル別に課題曲を作りアレンジして、どのレベルの学生でも達成感を得られるよう工夫しています。努力している学生はちゃんと弾けるようになります。入学して初めてピアノに触れたという学生が、感動するぐらい弾けるようになるので、私の方が驚くことがあります。

村山 まず何より楽しいと思うことが重要だと思います。私は聖学院大学にいた時、児童学科の学生に音楽が好きか嫌いかというアンケートをとったことがあります。嫌いと答えた学生が少なからずいました。その理由のほとんどは、習い事や家での練習で怒られたことに起因していました。音楽ではないところの体験が音楽にくっついてきたことで音楽が嫌いになっていることが多いのです。実際、音楽を嫌いと答えた学生たちにも好きなバンドや歌手がいて日常的に音楽を聴いています。そういう理由で音楽との関わりが変わってしまうのはとてももったいないと思います。そうならないようにしたい。だから達成感を得たり、好きなものから入るというのはとても大切なことだと思います。

■音楽との関わりが多様化したことで生まれた変化

ーー動画配信やサブスクリプション、またアプリやAIにより、子どもたちと音楽との関わり方にどのような変化がありますか。

村山 ある歌人が短歌を作る時にAIを使っているという話を聞いたことがあります。上の句を入力すると下の句をAIが作ってくれるそうです。その方はそれで短歌を作っているというよりヒントを得ていると言ってました。音楽においてもAIが曲を作ってくれるアプリがあります。ただAIに曲を作らせて終わりではなく、それを一つの参考として、自分の可能性を広げていくことが大切だと思います。

久保田 自作るという点では村山先生のおっしゃる通りだと思います。一方、音楽との出合い方も、サブスクリプションやYouTube、SNSによって大きく変わったと感じています。学生はサブスクリプションのレコメンド機能やYouTubeの関連動画、SNSのタイムラインで曲を知ることが一般的になってきています。ただレコメンドや関連動画やタイムラインはいずれもその人のアカウント上の履歴などによって作られています。どうしても偏りが出るので、本当の意味で新しい出合いがあったと言えるのかは疑問に感じています。今の時代、本当に新しいものに出合うのは難しくなっているのかもしれません。検索するにしても、自分が知っている言葉でしか探せません。ですので、私は学生が普段聴かないであろう音楽を授業でどんどん提示していきたい。ノイズを持ち込む者でありたいと思っています。それができるのが授業の良いところでもあるのですから。

官野 授業ではないのですが、今、聖学院小学校にiPadクラブというクラブ活動があり、アプリで曲を作ることに挑戦しています。今の小学生はデジタルネイティブ世代ということもあって適当に触って感覚で使えてしまうんですよね。私が子どもの時はまだアプリはありませんでした。ピアノで適当に鍵盤を押すと不協和音が鳴ってしまいます。曲を作るには理論や和声を理解しながらステップを踏んでいく必要がありました。今の子どもたちはこのスイッチを押せばこういう和音が出てくるという仕組みをすぐに理解します。アプリ自体もメロディーがなくてもその和音の移り変わりだけで自然と曲っぽくなるようにサポートしてくれます。子どもたちにとっては楽しいと思います。
一方、そのアプリがプログラムだからといってみんな似たような曲になるかというと、そんなことはなく一人ひとり違う曲になります。アップテンポの曲、スローテンポの曲、クラシックのような曲、ハードロックのような曲。個性が反映されるんですよね。今まではピアノのコンクールで賞を取るなどした、一部の人しかアーティストになれませんでした。今は、楽器は演奏できないけれどもアプリで曲を作るアーティストの方もいます。技術的に苦手なことはテクノロジーで補って自分を表現できますし、好きなことを入り口として突き詰めれば形になるということを小学生の時から体験できるのはとても良いことだと思います。まず楽しいという意識を持ってもらうということにテクノロジーは活用できると思います。音楽に親しみ楽しむ入り口が広がったと考えています。将来的に授業の中でも扱っていけたら良いなと思っています。

■変わらずに大切にしたいこと

ーー聖学院は学校を問わず一流のものに触れる機会が豊富だと思います。そのことに対する思いや考えをお聞かせください。

官野 先ほども話に出たように、動画配信やサブスクリプションによって音楽に触れる機会は増えたと思います。ただ耳だけで聴く音楽は一方通行になってしまうので、それと並行して、やはり生の演奏を聴くことが大切だと思います。演奏会場には奏者がいて聴衆がいて、息遣いを肌で感じることができます。自分もその要素の一つとなります。誰かに届くことで音楽が完成するとするならば、その完成する現場に居合わせることで音楽の根幹を感じることができると思います。子どものうちにそういう空気感に触れることは必要だと思っています。

久保田 幼稚園教諭や保育士の中に、声の出し過ぎで喉を痛めたり、ポリープができてしまう人が結構います。一方、声が出る仕組みや健康的な声の出し方はなかなか勉強できません。ですので児童学科では、プロのオペラ歌手をお呼びして発声の基礎を学ぶ授業を数回設けています。ワークショップ形式でウォーミングアップから発声まで行い、最後にオペラ歌手の方に2~3曲歌を披露してもらいます。それにより、技術としての声の出し方を学ぶだけではなく、この声を出すために、何年も毎日毎日練習を積み上げているということが学生に伝わります。単にプロの演奏や歌を聴いて美しいと感動するだけではなく、技術を身につけるにはどれだけ時間を必要とするのかを学生たちには感じ取ってほしいのです。それは、音楽家になるわけではなくても、職業人としての人生を歩む上で役に立つ経験だと思います。職業人とは責任をもって技術を身につける人のことで、そのことを音楽を通じて伝えられたら良いなと思っています。

村山 コロナ禍によってここ2~3年はできていませんが、ウィーンフィルハーモニーの前コンサートマスターのダニエル・ゲーデ氏(※3)を何度か聖学院に招いてコンサートを開いてもらっています。数年前、ゲーデ氏の横で数人の児童も一緒にヴァイオリンを演奏させてもらったことがありました。1曲だけとはいえ、子どもたちにとって、とても良い経験になったと思います。プロかどうかに関わらず、奏でられる音そのものを人生をかけて大切にしている人たちの演奏は、それだけで素晴らしいと私は思っています。そういう音をすぐ横で自分の音と一つになりながら感じることができ、彼らの心の中に何か響くものがあったのではないでしょうか。彼らだけではなく児童全員で、何かを極めた人の演奏を聴ける機会は大変貴重です。その時にはわからなくても、その経験が生きてくる時が必ず来ます。聖学院は子どもたちの心と感性に響くものを大切にしている学校だと思います。

(取材日/2022年7月)


聖学院大学
2023年4月から児童学科は子ども教育学科へ

社会の変化に伴い、近年子どもの多様化が顕著になっています。子どもについて考えるときに用いる「子どもとは何か」という子ども像にもダイバーシティという観点が必要です。この一人として同じではないということを受け入れ、そのままに向き合っていく姿勢を聖学院大学は大切にしています。学生たちがそのような姿勢をもち、学びをより深められるように2023年4月に聖学院大学では児童学科から子ども教育学科へ名称変更を行います。久保田先生が聖学院大学で担当する音楽も、幼稚園・小学校教諭としてのスキルというだけではなく、多様な子どもたち一人ひとりと向き合える学生を育てるためのものでもあります。


【注釈】

※1 音楽科の小学校学習指導要領
「知識・技能」「思考⼒・判断⼒・表現⼒」「主体性を持って多様な人々と協働して学ぶ態度(主体性・多様性・協働性)」の3要素を指す。
(出典:小学校学習指導要領[平成29年告示]解説 音楽編)

※2 タンギング
管楽器の演奏で、舌による音の出し方の技法の総称。
(出典:Goo辞書 辞書 国語辞書 美術・音楽 音楽 「タンギング」の意味)

※3 ダニエル・ゲーデ
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団前コンサートマスター。1994年までベルリン芸術大学で教鞭をとり、その後ウィーン・フィルでコンサートマスターを務めた。現在はニュルンベルク音楽大学ヴァイオリン科主任教授。日本では弦楽4重奏他多彩なコンサートを行い、特に2011年以来東日本大震災で被災した人々に寄り添いたいとの希望から東北の学校、病院他で60回以上のボランティア・コンサートを行っている。