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& Talk_聖学院教育のアップデート

鼎談 Robert J. S. ROWLAND×日野田 昌士×清水 佳人

聖学院ニュースレターNo.279 取材日/2021年2月

新型コロナウィルスにより教育は今までのフォーマットが通用しなくなりました。
目の前に生徒がいない状況でどう学びを成立させるか。
その答えを考えるには、「教育とは何か」という根本に立ち帰る必要がありました。
教育は今、新しい局面に入り始めています。

(左から)●Robert J. S. ROWLAND:聖学院大学人文学部欧米文化学科に勤務して3年目。助教。母国アメリカの大学から卒業直後に来日し、幼稚園から大学までの日本の英語教育現場に14年間関わってきた。研究分野は主に言語習得だが、ICTに強い関心をもち、本学のICT教育に日々取り組んでいる。●日野田 昌士:聖学院中学校高等学校総務統括部長(教頭)。同志社国際中高、同志社大学法学部卒業後、聖学院中学校高等学校に公民科教諭として勤務。「教育が変わることによって社会が変わる」がモットー。●清水 佳人:学校法人聖学院情報センター事務室勤務。聖学院大学欧米文化学科を2004年度卒業後、派遣で聖学院大学のコンピュータ基礎の講師をし、2009年に聖学院ゼネラルサービスに転職、2011年に現在の情報センター事務室に至る。主に大学を拠点としてICTが関わる業務・システムに携わっている。

 昨年3月以降、社会のあり方が一変しました。教育も例外ではなく2020年4月7日の緊急事態宣言から2ヶ月近く子どもたちは学校で授業を受けられなくなりました。あれから1年、今でも従来とは違った形で授業が行われています。そしてそこからは新しい形式やシステム、学びに対する考え方が生まれつつあります。聖学院中学校・高等学校(以下中高)でウィズコロナでの教育改革に取り組まれた日野田昌士先生と、聖学院大学(以下大学)でオンライン授業の環境作りや推進に尽力されたロバート・J・S・ローランド先生、情報センターの清水佳人さんに4月の緊急事態宣言当時のことをはじめ、この1年で教育がどう変わったかについてお話を伺いました。

■かつて経験したことがない緊急事態宣言。教育の現場で起こっていたこととは

――緊急事態宣言の決定から発令までほとんど日がありませんでした。混乱もあったのではないでしょうか?

清水 教職員に、オンラインに慣れている人があまりいなかったためテレワークやオンライン授業と言われても何をして良いのか分からないという状況でした。そのため情報センターの課員がテレワークやオンライン授業のサポート体制を整えるところから始めました。インフラが整った後の対応としては例えば紙の資料をどう取り扱うかなど具体的なアドバイスを連携しながら行いました。また初期の頃は教職員にスマホを活用してもらいました。スマホにはカメラもマイクも内蔵されています。皆さん必死になって取り組んでくださったので、慣れていない人が多いとはいえ想定より遥かに早くオンライン化が定着しました。

日野田 中高は、4月6日に始業式・入学式を予定していたのですが、全学年が一斉登校できる状況ではなかったため中1、高1と高3だけ登校してもらい、入学式と今後の対応を説明しました。そのあとオンラインツールとして使う予定だったGoogle Classroom※1の講習を、新入生には保護者同伴で行いました。生徒のスマホにはペアレンタルコントロール※2がかかっていることも多く、150人中、70~80人は思うようにできませんでした。そこで全教職員総出で一人ひとりトラブルシューティングをしていき、その日をなんとか乗り切ることができました。
課題となったのは翌4月7日です。中2、中3、高2の生徒が登校予定だったのですが、緊急事態宣言で来られなくなりました。そのため4月7~9日の3日間、zoomを開設し、アクセスできる生徒にはzoomで指導し、Google Classroomの招待に応じられない生徒には担任の教員が全員電話で対応してくださいました。それが最初の1週間です。

――中高は緊急事態宣言から1週間後には授業動画を100本配信し始めてます。なぜそんなに早い対応ができたのですか?

日野田 この戦いの長期化を想定し、「時間をかけた議論よりまず何かをやらなければならない」と決めました。とりあえず動かないと景色は変わりません。やってみて上手くいかなかったら調整をし、上手くいったら共有し広めていくというスタンスをとることにしました。
ただ、みんなができる最低限のラインで動き出そうということになり、教員1人2本ずつ動画を作ることになりました。各学年5教科の教員が2本ずつ作り最初の週の授業動画が100本になりました。
逆にそれ以上のことは制限しました。そうしないと得意な教員と苦手な教員の間に衝突が起こると思ったからです。やりたい教員の「やりたい」というモチベーションは維持し続けなければならないし、苦手な方もやっていただかなければいけない。そこで1人2本。ベテランも若手も頑張る。苦手な人は聞く、得意な人はやり方を共有する。そのような対応をとるのに2本がちょうどよかったのです。

――大学の組織としてのルール作りはどのように行われていたのですか?

ローランド 大学は中高に比べると、教員の自由度は高めに設定されていました。緊急事態宣言が出た後、教育支援課を中心に情報センターや私が加わって、オンライン授業のガイドラインを作りました。Teams等を使った同時双方向型の授業をするA型、中高のようにオンデマンドで授業動画を配信し課題を出すB型、課題の出題と採点に重点をおいたC型の3つの形態を用意し、そのいずれかで授業を行うというガイドラインです。教員個々の教えやすさに加え分野ごとの特性もあるので、みんな同じ方式で、というより、選択できる方が良いのではと考えこの形になりました。ただオンライン授業が初めてという教員がほとんどなので、全教員対象の研修会を行いサポートしていました。オンラインの場合、対面と大きく異なるところがあります。例えば出欠の根拠(何をもって出席とするか)、課題の分量(学生が在宅だと過度に課題を出す傾向がある)、オンラインでの自分のスキルの把握(普段の授業スキルとオンラインでのスキルは違う)などです。そういった違いに気づき考えてもらうための研修会です。また自分に合う授業形態を見つけてもらうことも研修の目的の一つでした。
当時、大学から教員にあまり積極的に働きかけないようにしていました。とにかく1学期は学生も教員も必死だったので、それ以上負荷をかけて教員がパンクするよりは、学生がちゃんと受講できることを優先したためです。

清水 先ほど日野田先生もおっしゃっていましたけれど「無理せず1人2本」とか「ここは制限する」というルールは大学でも作っていました。
 ルールとは少し離れますが、聖学院にはLMS※3があり、学生たちの学びを止めないよう、このシステムをうまく活用していけないかという話し合いも行われました。基本的には職員側から教員方に提案をするのですが、教員方からも「こういうことができないだろうか」という相談を受けることがあり、コロナ対応においては本当に教職協働、教員と職員が両輪となってこの難局を乗り越えようという意気込みが感じ取れました。

■社会のデフォルトになるであろうオンライン化への適応

――オンライン授業で特に意識していることはどんなことですか??

ローランド 清水さんともよく話しますし、学生にも当初から言っていることですが、社会全体もオンライン化に慣れ、この状況はコロナ禍が収束しても間違いなく続きます。来年度学生がキャンパスに戻れたとしても、就職するときには今までとは違う働き方になっていることでしょう。だから学生は今は辛くてもオンライン化に適応する必要があります。学生は12年以上、教室という一定の環境で教育を受けてきているので環境の変化についていくのは大変だと思います。あまり構えず「こういう教育もある」くらいに考えて慣れていかなければなりません。
また教員にとってもオンライン授業が初めてという方もたくさんいらっしゃいます。学生はそのことも踏まえ、わからないことや、こうしてほしいという要望があったら、教員にどんどん伝えた方が良いと思います。動画であっても課題であっても一方的に配信しているわけではなく、その反対側に人がいます。そういう意識を持つこともオンライン化していく社会では必要なことです。

清水 私たちは職員なので学生に直接教えることはしませんが、職員の間で「私たちは今何ができるんだろう」「どういうことで、学生たちの学びを支えられるだろう」という話し合いが持たれました。まず、教員の動画のアップ先、連絡手段、学生や保護者にどう説明するかなど教育環境の土台の整備から始めました。今の教育支援課マネージャーの原田さんやICTが得意な教育支援課員の人たちと連動して「こういう風なら良いよね、ああいう風なら良いよね」と夜通し話し合っていました(笑)。日中は学生や教職員のサポートがメインなのでどうしても会議は夜でした。ただそれによって、部署間の横の連携ができるようになったのは確かです。いろいろな部署との連携がかなり強くなったと感じています。

■「StudentからLearnerへ」主体的に学ぶ生徒の育成

――教育環境や教育法にはどのような変化がありましたか?

日野田 大きな変化としてICTがあります。校内のWi-Fiの問題とか端末、設備投資の議論が一気に進み、2学期からBYOD※4という形で生徒1人に1端末という状態が実現しました。以前は校内で携帯を無断で使ったら没収というルールがあったことを考えると、驚くほどの変化です。これによっていろいろなチャレンジができるようになりました。
また教育法に関しては、4〜5月を通して、教育は強制だと成立しないということをまざまざと実感しました。生徒が学びたいと思えるようにどう授業をデザインすれば良いか、結構悩みました。加えてオンライン授業という環境を通して、生徒それぞれの学習に対するモチベーションの置き方が異なっていることもわかってきました。理論的な裏付けがあることを知るとやる気になる生徒もいれば、実効性を感じることがモチベーションにつながる生徒、探究的な問いに刺激を受ける生徒もいます。そういうことがわかっているにもかかわらず、6月以降対面授業ができるようになったら従来通りの画一的な学びに戻すということはありえません。私たちが育てたい生徒像はどんなものなのか、改めて教員間で話し合いました。その結果、スクールモットーである「Only One for Others」を体現するためには受動的な教えられる存在「Student」ではなく、自分で学びをデザインし主体的に学ぶ存在「Learner」を育てるというコンセプトで一致しました。このコンセプトが共有できたことは教育面での大きな変化でした。
BYODの実現も「StudentからLearnerへ」というコンセプトを後押ししてくれました。1学期まではドリル形式の「宿題」が多かったのですが、2学期からは探究的な「課題」が増え、強制的な学習から主体的に取り組む学習に変えるチャレンジが増えました。

ローランド 学習において、主体的に興味を持って関われるかどうかで成長が全然違います。学び手が興味を持てないと学習そのものを継続できませんし仮に結果が出たとしても自ら獲得したという実感が薄く、成果が自信につながりにくいという点があります。

■コロナ禍で進化した教育の課題

――緊急事態宣言から1年弱、新しい環境での教育を経験し、今後の課題、または今後進化させていきたいことはどんなことですか?

日野田 中高の教育現場で今一番議論になっているのが評価をどうするかです。今までは定期試験に加え、授業中の発言やノートなどが主となる平常点の2つで評価をつけていました。しかし昨年度3月の定期試験も実施できませんでしたし、そもそも従来型の平常点がつけられません。オンライン授業が難しかった芸術系の科目も課題です。授業の内容とどう連動させて評価をつけるか、その辺りが来年度の課題になりそうです。
教育面ではとにかく「Learner」をいかに育てるかが中心になります。「学ばされる」ではなく「学びたい」と思えること、これはつまり教員がいなくても自分で学べる生徒ということです。そのような生徒を育成するのが本来の教育の仕事だと思っています。

ローランド 日野田先生の話にとても同感します。今までの大学の教育は先駆者である教授の研究を座学で聞いて再現して近づいていくという比較的受け身の形態だったと思います。この1年で、主体的に学ぶことがより重要になり、教育とは何かということを深く考えるきっかけになったと思います。自分もそうですし自分が所属する学科、学部、そして大学、法人全体で「学びとは何か」を考え、形にしていけたら良いと思います。
この1年、なんとか乗り切ったということがたくさんあると思います。その「なんとか乗り切った」ことを自信に変えて、学生も教員も身につけたICTのスキルをいかし、一人ひとりにフィットしたより良い教育につなげていくのが今後の目標です。

清水 今日の先生方のお話を伺って、より良い教育のためにいろいろ考えていただいていることが改めて良くわかりました。とてもありがたく思っています。それをどうやって具現化するかが私たちの仕事だと思っています。そのために何を揃え準備すべきかを考えていきたいですし、教員と職員でもっと連携してより良い環境を作っていきたいと思っています。


※1 Google Classroom
Googleが教育現場向けに提供している無料ツール。教育者側は、生徒を登録して「クラス」を作成し、教材・課題の一括配布・進行チェック・採点を行うことができます。課題の結果に基づき、各生徒にフィードバックを送ることや通知や質問の投稿も可能です。(参考:リセマム「Google Classroomとは【ひとことで言うと?教育ICT用語】」)

※2 ペアレンタルコントロール
保護者が子どもの情報機器の使用やコンテンツの視聴の一部を制限するための機能やサービスです。主に成人向けに提供されているコンテンツやサービスに子どもがみだりに接触しないようにするために用いらます。(出典:IT用語辞典 e-Words)

※3 LMS(Learning Management System)
eラーニング(コンピュータを使った学習・教育)において、「受講者」「講座内容」「進捗」の管理を行うシステム。載せるコンテンツを変えることで、さまざまな学習に対応できます。また進捗を管理することで、カリキュラムの難度を調節することも可能です。eラーニングでは、均一な授業を広範に行うことが可能なため、基礎教育などに向いているとされています。(参考:リセマム「LMSとは【ひとことで言うと?教育ICT用語】」)

※4 BYOD(Bring Your Own Device)
自分の所有する端末や自宅にある端末を学校に持っていって利用する形。デンマークなど、海外では多く見られるスタイルで、日本でも一部の高等学校ではBYODが採用されている。(参考:総務省「クラウド導入ガイドブック2015」)