聖学院100周年記念
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聖学院大学チャペル完成!

大宮・上尾キャンパスに聖学院全学の象徴ともなるべきチャペル(礼拝堂)が完成し、2004年11月23日に献堂式が開催される運びとなりました。完成を記念して、長年にわたる多くの人々のご尽力と紆余曲折の道のりをご紹介します。(文中、組織名は当時)

1.女子聖学院短期大学創立以来の願いが実現

女子聖短大の寮生から始まった建築募金
 学校法人聖学院は、その源流をたどるとアメリカのディサイプルス派の流れをくみ、1903年の聖学院神学校の設立以来100年を越えます。また、女子聖短大は1967年に設立から、1998年大学への改組転換を経て、37年を数えますが、全学的な願いは「大学学内にチャペルを」というものでした。
 チャペル建設に向けた具体的な動きは、女子聖短大の寮生の募金活動から始まりました。
最初は小さかったこの運動は、女子聖短大生全体の運動となり、1980年クリスマスにはチャペル献金が開始されました。翌年3月卒業生から卒業記念品に代えて、毎年多額のチャペル建設資金が献げられることとなりました。

チャペル建設発起人会の設立
 こうした運動の高まりを受けて、女子聖短大教授会は、1980年3月3日、女子聖短大創立20周年記念事業として「チャペル建設募金運動」を開始することを決議しました。
 さらに1983年5月15日、女子聖短大同窓会「緑朋会」総会後に「チャペル建設発起人会」が開催されるという展開になりました。この「発起人会」の出席者は、教職員13名、卒業生49名、出席はできませんでしたが発起人となった人は全部で103名でした。「発起人会」はその後「チャペル建設募金委員会」と改称され、会長に理事長の小田信人、副会長にW.G.クレーラ短大学長、佐藤正義先生、園部治夫先生、緑朋会会長小林みどりさん、寮監福田ソノ子さんなどが選任されました。女子聖短大の寮生の小さな運動がこうして短期間のうちに全学的な運動へと広がったのです。
 以後、学内の各種委員会、ゼミ、クラブ、教職員から献金が寄せられました。卒業生からは受洗記念日、結婚、出産を記念し、感謝の表明としてチャペル建設資金を寄付をしたり、給料日ごとに毎月送金するなど、静かな動きではありましたが着実に募金運動の輪は広がっていきました。
 そんな折、学校法人聖学院が、大学設立に取り組むこととなりました。このため、聖学院諸学校は総力を挙げてこれに協力することとなりました。大学設立のために、チャペル建設は、ひとまず先送りとなったのです。

聖学院大学の創立と募金運動の継続
 しかし、チャペル建設募金運動は、息長く継続されていました。
 学生たちは、「緑聖祭」の模擬店等の売上金をはじめ、宗教委員会のクリスマス・バザー売上金を献金しました。さらに、卒業記念としての高額のチャペル建設献金など、さまざまな機会に献金が行われていました。
 1986年に発足した女子聖短大の父母の会である「緑親会」は、翌年の総会で、次年度から入会金一人あたり一万円を徴収し、それをチャペル建設資金として献金することを決議しました。
 聖学院大学設立の大きな流れのなかでも、チャペル建設の祈りは、綿々と受け継がれていたのです。
 「緑親会」の動きは、1988年に創立された聖学院大学の「保証人会」にも連動し、同様の献金が行われることになりました。
 1989年7月14日には、両大学の父母の会や関係者が集い、「チャペル建設募金推進委員会」が組織され、女子聖学院短期大学、聖学院大学が共同でこの献金運動を展開していくことが確かめられました。
 このように聖学院を愛した人々の、なんとかして学内にチャペルを建設して欲しいという期待と忍耐に満ちた祈りが、今日のチャペル完成へとつながったことを忘れるわけにはいかないのです。

建築家・香山先生との邂逅
 聖学院の理念を体現し、言葉を受肉させる場であるチャペル建設を実現するために、次に必要なことは設計をどなたにお願いするかということでした。さまざまな著名な設計者が候補として上がっては、諸条件などが折り合わず白紙に戻されました。
 1995年、第2回大学・短大メサイアコンサートの会場を、山本昂・女子聖学院短期大学学長が訪れた際、その建物に巡り会いました。
 山本学長は、その記念音楽会会場、「彩の国さいたま芸術劇場」の建物をひと目見て、「これだ」と感じられたといいます。後日、他のチャペル委員とも詳しく同劇場を見学し、折しもチャペル委員会・理事会で設計者の選考に入る時期だったので香山先生を推薦されたのでした。
 香山先生は、大学キャンパスを御覧になって、チャペル単体だけでなく、すでにある建物との関連と、これから建設される建物の将来像を見通されながら、「建物共同体」の中心となるチャペルを構想してくださいました。

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「チャペル」
「チャペル(右奥建物)の手前がエピルス館。学生食堂やカフェ・ラウンジが設けられます。カリヨンタワー(十字架のついた左奥建物)の手前はヴェリタス館で、学長室があります。」

「女子聖短大の寮」
「女子聖短大の寮。寮生たちは、「クリスチャン・スクールにチャペルが欲しい」、あるいは「自分たちの結婚式を母校のチャペルでできたらどんなに素晴らしいだろうか」という夢を語り合い、その実現のために自発的に募金を始めました(写真は1972年短大卒業アルバムより)」

「女子聖短大での礼拝の様子」
「女子聖短大での礼拝の様子。毎日の礼拝は、短大・大学とも教室で行われました。(写真は1976年短大卒業アルバムより)」

「チャペル内装」
「大学図書館には、「聖学院大学」「女子聖学院短期大学」の文字が入っていました。1998年、短大は改組転換し、聖学院大学となりました。(写真は1993年大学卒業アルバムより)」