飼い葉桶の中に

2016/11/29   先生のことば

「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたのしるしである。」

ルカによる福音書2章11~12節

クリスマス、おめでとうございます!救い主がお生まれになりました!この聖書箇所で、天使はベツレヘムの貧しい羊飼いたちへ救い主の誕生を伝えています。救い主とは、神の御子、主イエス・キリストです。この時、主イエスはまだ赤ちゃんでした。主イエスは、今から約二千年前のダビデの町、ユダヤのベツレヘムでお生まれになられました。救い主であられる、神の御子、主イエスは、何と、飼い葉桶の中に寝かされてしまいました。飼い葉桶とは、家畜小屋の中に置いてあり、草を入れる入れ物でした。飼い葉桶は家畜の涎が垂れて大変臭く汚れていました。すべての人の罪を贖う救い主がなぜこのように汚い飼い葉桶の中に寝かされたのでしょうか。なぜ王がいる宮殿にお生まれにならなかったのでしょうか。なぜ屋根のある普通の家の中で、温かい部屋でお生まれにならなかったのでしょうか。

汚い飼い葉桶は、私たち人間の罪または罪の世を現しています。飼い葉桶に御子が寝かされたとは、主イエスが、罪の世の只中に神から遣わされたことを象徴しています。そして、どのような困難が地上で待ち受けようとも、この御子によってすべての人の罪を赦し救おうとされる神の深い愛と強い意志が示されています。この赤ちゃんは、やがて成長し大人になって、全人類の罪の贖いのために十字架の道を歩み、その尊い命を捧げられ復活することが定められていました。天国への道が敷かれるかどうかは、この飼い葉桶の中に寝かされていた赤ちゃんにかかっていました。聖なるお方が、神の御子が、羊やロバの飼い葉桶の中に寝かされたという厳しい現実を乗り越えて復活の希望となってくださるのでした。主イエスは今も、24億の神の民、キリスト諸教会を永遠の命へと導いてくださっています。

罪の世の現実には厳しいものがあります。紛争や戦争、難民の問題など、数えたら限りがありません。シリアで内戦中のアレッポでは、爆撃や砲撃などが続いて子供達はクリスマスどころではありません。明日の命をも定かでない恐怖と不安の中で毎日を過ごしています。食料や薬も国連から十分に届かず不足状態が続いています。攻撃を受けたので、人道支援の車両もアレッポに近づけません。罪の世は現代にはないと言える日がいつやって来るのでしょうか。主イエスが、まさに、争いを起こす人間の罪の只中にも遣わされてくださっていることを強く願います。罪の世に苦しむ人々のことを覚え、心を一つにして世界中の人々と共に、主イエスの御名を持って平和の祈りを捧げましょう。飼い葉桶から始まった神の愛を、世界中に広げましょう!

飼い葉桶にはもう一つ重要な意味が含まれています。それは、子育てをするマリアとヨセフへの主なる神の信頼です。大切な御子を、神は若い父母にゆだねたのです。マリアとヨセフは、与えられた状況の中で精一杯、よりベストなことを赤ちゃんイエス様に成したのでした。奇跡は使わず、神は二人に任せました。宿屋は人で混雑していました。家畜小屋で泊まるしかありませんでした。そこには当然、生まれてくる赤ちゃんを寝かせるベッドすらありませんでした。そこで、飼い葉桶に赤ちゃんを布でくるみ、藁を敷いて寝かせたのでした。二人は協力し合いながらすべてに耐えて、乗り越えていきました。このように、子育ては神が人に委ねる御業です。人の命は神が創造されるからです。飼い葉桶は、子育てに関わるすべての親への神の信頼を現しています。保護者の皆様からのご理解とご協力を通して、聖学院小学校でも、主なる神様からお預かりした大切な児童生徒に教育の御業を成しています。与えられた状況の中で、委ね信頼して下さる神へ祈りつつ、教職員一同、子供らに仕えています。保護者の皆様と共に、神の飼い葉桶の信頼に感謝致します。

飼い葉桶の意味を、そこで布にくるまって寝かされていた乳飲み子のことを人々に語り伝えましょう。私たちも、天使のメッセージを聞いて主イエスを見出した羊飼いたちのように、教会で真のクリスマスを礼拝で体験しましょう。聖書の御言葉の語りかけに心の耳を傾けつつ、クリスマスのあらゆる行事に参加をし、主メシアであられるお方の救いの星に導かれて参りましょう。聖学院全校の保護者と教職員一同の上に、クリスマスの恵みが豊かにありますように、心からお祈り申し上げます。

聖学院幼小チャプレン 中村 謙一

学校だより「けやき」第464号より

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