「聖小はタイムマシン?」

2015/04/10   先生のことば

keyaki_435 聖学院小学校が開校されたのは、今から55年前のことでした。ところでその当時(私はかろうじてこの世に存在しておりました)のことを可能な範囲で思い出してみると、善し悪しは別にして、ほとんど全てのことが現在とは大きく違っていたことに、今更ながら驚かされるのです。まずPCはありませんでしたし、スマホや携帯電話はもちろんのこと、私の家の固定電話にはダイヤルがなく、受話器をとれば直接交換手に繋がり、そこでかけたい相手の電話番号を伝えて呼び出してもらうものでした。冷蔵庫にしても氷屋さんが毎朝大きな氷を入れてくれ、それで冷やすものでしたので、夕方には小さくなる氷に心もとない思いを抱いたものでした。新幹線もありませんでしたし、高速道路もなかったのです。

その後東京オリンピックや高度経済成長期を挟み、驚くべき速さで様々な物が進化し、社会そのものも大きな変化を遂げ、今現在の様相を呈するまでになりました。

 ところで、55年前に誰か今の社会を正確に予想した人がいたでしょうか。私の知る限り、そんな人はいませんでした。それは、変化のスピードが速かったことにもよるのではないかと思うのですが、しかし今までのスピードに対して今後のそれは、さらに速いものとなるのでしょう。そうであるならば、仮に、ある特定の物の進化は予想できたとしても、現在の私たちにとって半世紀後どころか30年後或は20年後ですら、その時代の社会状況を正確に予想することなど、恐らくは不可能でしょう。それは現在の私たちにとっては、全く未知の世界なのです。その世界を少しだけでも覗いてみる手立ては無いのでしょうか。

 私はそれが、聖学院小学校そのものだと思うのです。なぜなら20年後、30年後或は半世紀後の社会を創造していく主力である、今は「子ども」と言われる人たちが大勢集まっていて、その人たちと親しく交わることができるからなのです。聖学院小学校が、子どもに迎合するということではなく、感性、知性を含めた子どもの存在を大切にした営みを続ける限り、ここは未知の世界を垣間見ることの出来るタイムマシンでもあるのです。毎日「子ども」と言われる人たちとの、ワクワクするような新鮮な出会いと交わりが生まれる聖学院小学校に、本年度も保護者皆様のご理解とご協力を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

校長 村山順吉

学校だより「けやき」第445号より

月別アーカイブ

sub_blogside
ページのトップへ戻る