仮校舎にありがとう!『喜びの歌とともに帰ろう!』

2014/12/16   先生のことば

「仮校舎も 立ち去るときは 寂しいのだろな」

 これは、昨年5月、1年8か月を過ごす仮校舎を与えられ、平常の学校生活に落ち着きを取り戻し始めた頃、折しも国語の授業で俳句の単元を学習していた4年生が『仮校舎』を題材にして読んだ一句です。まさに今、「仮校舎を立ち去るとき」を迎えて、子ども達は皆、きっとこの心境を噛みしめていることでしょう。

 また、今年の4月、この仮校舎こそが「私たちの学校」として入学してきた一年生が、児童会代表委員会の呼びかけに応じて書いた『仮校舎との思い出作文』にこんな文章がありました。

「たくさんのお友だちを作ってくれた仮校舎。たくさんの勉強をさせてくれた仮校舎。たくさんの本に会わせてくれた仮校舎。今まで守ってくれてありがとう。」

 仮校舎とはいえ、毎日通って学び、友だちと出会い、心豊かにされる本をたくさん読んで過ごしたここでの時間は、この校舎に守られていたから過ごせたものと感じてくれているようです。間違いなく、この場所も子どもたちの記憶の中の大切な場として心に残っていくのでしょう。

 私はこの夏、新校舎のデザインや色彩のイメージを膨らませるために、できるだけたくさんの美術館や博物館巡りをしておいてくださいという校長先生からの宿題を与えられたこともあって、その趣旨にぴったりとばかりに、小金井市にある「江戸東京たてもの園」へ出かけました。そこで、展示室の壁にかかったスタジオジブリの宮崎駿さんの劇中画の建物に対するコメントのこんな文章が目に留まりました。

『建物というのは、人の暮らしを雨風や外敵から守るための実用の器だと考えられていますが、それ以上に「人々の記憶の器」です。おそらく誰もが、自分の家はその人のアイデンティティの拠り所になっていることに気づいていないかもしれない。でも、過去の歴史やルーツにつながっていると感じることで人間はアイデンティティを確認する作業をしていて、その一番の手掛かりになるのが建物だと思います。』

 建物と人の記憶の器がアイデンティティを作り出すとしたら、この1年8か月の仮校舎での生活で、私たちはいくつもの建物をお借りして、たくさんの貴重な体験を与えられました。毎日の礼拝を滝野川教会の礼拝堂ですることができ、大小二つのパイプオルガンの伴奏で讃美歌を歌う贅沢な体験をしていました。ほかにも、ハンドベル授業、PTA活動など、まるで同じ敷地内にある施設であるかのように行き来をさせて頂きました。女子聖学院のクローソンホールをお借りしての卒業式、入学式は、その厳かな内装の雰囲気に圧倒されて、例年にもまして気の引き締まる思いの中で進めさせて頂きました。体育館や校庭も使わせて頂いて、休み時間にボールを追いかける高学年の子ども達の姿がありました。聖学院中・高には校庭をお借りしての運動会を二度も行わせて頂きました。それぞれの場での体験が、子ども達の聖小っ子としてのアイデンティティの形成に少なからず影響があったと確信しています。

 各所とも、子ども達の活動ばかりでなくPTAの活動にも提供して頂きました。主イエスキリストを基とする各所との絆に、心から感謝でした。

 かくして、仮校舎への移転の際に子ども達に与えられた学院長のメッセージの通り、仮校舎での大切な宝の日々の喜びの体験を携えて、いよいよ冬休み明けには新校舎での生活に「喜びの歌とともに帰って」(詩編126編5~6節)参ります。新たな校舎としての建物が、雨風や外敵から守るための実用の器として最先端の要素を備えているのは勿論です。そこに、これまでの歴史やルーツのつながりを生かしつつ、聖小っ子としてのアイデンティティが新たに創造されて、これからの子ども達の記憶の器に残っていくものを育んでいけるような教育活動の時と場を提供して参りたいと存じます。保護者の皆様にも益々のお力添えを賜わりますようお願い申し上げます。

 この年の仮校舎での日々を振り返りつつ、新校舎から始まる新たな年の営みに希望と期待を持って、ご家族皆様御揃いで良いクリスマスと新年をお迎えくださいますようお祈りお申し上げます。

校長補佐 阿久戸 多喜子

学校だより「けやき」第442号より

月別アーカイブ

sub_blogside
ページのトップへ戻る