成長するということ

2015/03/19   先生のことば

kinda_kotoba002 2月に行われた保育参観には、平日であったにもかかわらず多くのご家族の方々がご参加くださいましたこと、心より御礼申し上げます。

 私自身も今年はすべての学年の発表を見ることができ、子どもたちの成長した姿にとてもうれしくなりました。クリスマスの時からまだ少しの時しか経っていないにもかかわらず、どの学年もレベルアップした発表であったと思います。しかし、これは集団としての成長という観点で見たときです。もちろん集団として成長することもとても大切ですが、個々の成長という点では違う視点が必要だと私は考えています。

 参観日の折にも申し上げたことですが、私たちは成長というと体が大きくなったとか、今までできなかったことができるようになったということにまず目を向けます。もちろんそのようなことも大切なことです。聖学院幼稚園の子どもたちも4月当初と比べれば体は大きくなりましたし、できるようになったこともたくさんあります。けれども、できるようになったことだけが成長ではありません。あるお母さんから、お子さんが参観日のあと家で泣いたので理由を尋ねたら、「自分が思うようにできなかったからくやしかった。」と答えた、ということをお聞きしました。これも立派な成長の証です。またこれは今年のことではありませんが、「年中の時の方が大きな声で言えたのに。」とおっしゃるのを耳にしたことがあります。けれども、恥ずかしい気持ちが強くなるのも実は心の成長の一つの現れですし、たとえ小さい声であっても、恥ずかしさを乗り越えてせりふが言えたとことも成長の証です。

 成長はいろいろな形で現れるものです。もし私たちが「できるようになる」「上手になる」「点数が上がる」ことだけを成長ととらえるなら、本来は成長したがゆえに現れることを見逃したり、かえってそのことをマイナスのこととしてとらえたりしてしまうことになりかねません。私たちにとって好ましいとは思えないこと、たとえば大人に反抗することでさえ成長の現れであり、その後の成長にプラスの意味を持つこともあることを心に留めておくべきです。そして、成長がいろいろな形で現れるとすれば、成長を促す言葉がけや働きかけもほめるということだけではないはずです。

 まもなく年少組、年中組にとっては学年の終わり、年長組にとっては卒園という一つの節目の時を迎えようとしています。この節目の時に子どもたちの成長を喜ぶと共に、一層の成長のために親として、教師としてどのような働きかけが必要なのかを考える時としたいと思います。

園長 佐藤 慎

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