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学校だより「けやき」第392号 (2010.04.28発行)

「よく学ぶ よく遊ぶ よく祈る」

けやき第392号  2010年度が始まって3週間が経過しました。この春入学した1年生も学校に慣れてきて、休み時間の行動範囲も広がっています。また他学年の児童との交流も活発です。この調子で同級生や他学年児童とよい友だち関係を築き、楽しい学校生活を送ることができるように願っています。

 さて、聖学院小学校は「よく学ぶ よく遊ぶ よく祈る」という教育目標を掲げています。これは聖学院小学校の児童全員が「よく学ぶ よく遊ぶ よく祈る」児童であってほしい、もしくはそういう児童になってほしいという願いであると同時に、聖学院小学校が「よく学ぶ よく遊ぶ よく祈る」児童を育てることを目標にしているということも意味します。聖学院小学校のカリキュラムはこの教育目標を具現化するために作られていることは、シラバス等で説明させていただいている通りです。この教育目標について、今一度考えてみたいと思います。

 まず最初に注目したいのは「よく」という言葉です。日本中の小学生で学ぶこと、遊ぶことをしない小学生はいないでしょう。また聖小においては祈ることをしない子はいません。では学ぶ、遊ぶ、祈るの前にそれぞれ「よく」を付けた場合はどうでしょう。前に村瀬校長先生が、この「よく」という言葉はマタイによる福音書 22章 37節『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』の『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして』にあたるのだと教えてくださいました。このことからもわかるように「よく」という言葉は私たちが普段使う「よく」とはかなり違う意味があります。この「よく」ができてこそ、学ぶ、遊ぶ、祈ることによる成果もまた豊かになるのです。

 次に注目したいのは「よく学ぶ、よく遊ぶ、よく祈る」ことの主体が子ども自身であることです。すなわち、「よく学ばされる よく遊ばされる よく祈らされる」であってはならないのです。もちろん手助けをしてはいけないということではありませんし、指導が必要な場合もあるでしょう。けれども主体が子どもであることを常に心に刻んでおきたいと思います。どんなによく学んでも、よく遊んでも、よく祈ってもそれがやらされたものであるなら、自発的であった場合にくらべ、よい成果は期待できないでしょう。

 ところで私たちは「よく学ぶ」「よく遊ぶ」「よく祈る」という3つのことについて同じように大切なこととしてとらえているでしょうか。「よく学ぶ」に関しては、子どもが勉強しやすい環境を整えることに気を配る、子どもの勉強を見てあげるといったことをしている家庭は多いでしょう。では「よく遊ぶ」ということについてはどうでしょうか。人間にとって、特に子どもにとって遊ぶことがとても大切であることは皆知っていることです。なぜなら遊ぶことは心の成長や他者と上手につきあっていく力と深く関わっているからです。けれども子どもが「よく学ぶ」ようになるために心を用いているのと同じように「よく遊ぶ」ようになるために心を用いているでしょうか。もちろん「よく祈る」ということについても同じです。

 私たちはこの一年間、「よく学ぶ」ことにかたよることなく、「よく遊ぶ」「よく祈る」ことにも同じように心を用いていきたいと思います。

教頭 佐藤 慎

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