先生のことば
学校だより「けやき」第388号 (2009.12.24発行)
一年のうちの特別な時
クリスマスの時期は一年のうちの特別な時です。神さまが御子イエスを地上にお送りくださった時だからです。人間もそのことに励まされ力を与えられて、特別なことができることがあります。
今からちょうど100年前の1909年12月24日、神戸神学校の学生だった21歳の賀川豊彦が、貧困にあえぐ人々のために神戸新川のスラム街に移り住んで救貧事業を始めました。今、この年を豊彦の献身の時と呼んでいます。
豊彦は13歳のときに肺結核と診断され、スラム街に住み着いたときには医師から余命いくばくもないと宣告されていました。しかし豊彦は生き延びました。26歳のときアメリカのプリンストン大学・神学校に留学し3年後に帰国してまたスラム街に戻り、仲間とともに無料巡回診療などを行いました。その後は1960年に71歳で死ぬまで労働運動、農民運動、共同組合運動、世界平和運動など多岐にわたる社会的活動に従事しました。最近のニュースによると、豊彦の著作が翻訳され戦後ノーベル文学賞と平和賞の候補に数回なったそうです。
この10月、聖学院駒込キャンパスで開かれた教職員のための勉強会で、賀川豊彦記念松沢資料館学芸員の杉浦秀典先生が「賀川豊彦の生涯とその現代的意義」というお話をされました。私は「死線を越えて──賀川豊彦物語」というDVDも見て、豊彦のエネルギーに圧倒されました。
ある書物にはこんなことが書かれています。肺を患い静養していた豊彦を、H・W・マイヤース宣教師が見舞いにやってきました。その宣教師は豊彦が16歳のときに洗礼を授けた人です。ドアをノックして入ろうとしたとき豊彦は「誰も入ってはいかん。僕は伝染性の強い病気を持っている」と言いました。するとマイヤース宣教師は「私は病気の伝染性よりもっと強い神の愛の伝染力を持ってきた」と言って部屋に入ってきたそうです。
今日、12月22日の聖学院小学校のクリスマス礼拝の説教をしてくださるのは、李秀雲先生です。日本に住むアジア人の魂の救いという目標をもって台湾から来られたかたです。上尾市にある日本基督教団「埼玉中国語礼拝伝道所」という教会の開拓伝道を始められ、昨年10周年を迎えられました。先生も医師からガンと診断されたことがありましたが、それを乗り越えられました。教会員が1人もいないところから始めて、今日までに大人41人、子ども3人の受洗者が与えられたそうです。その後、教会を離れたり故郷に帰る人もあって寂しい思いをしたこともありましたが、主がアブラハムに言った言葉「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。あなたの子孫は、このようになる」(創世記15章5節)という言葉を信じ、時が来て「そのようになる」ことを期待したい、と伝道所の『十周年記念誌』で述べられておられます。
「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。」(ヨハネ第Ⅰの手紙4:9)とあるように、神さまの愛はクリスマスの出来事に明らかにされています。賀川豊彦を訪ねたマイヤース宣教師の言葉を借りるなら「病気の伝染性よりもっと強い伝染力」をもった神の愛が、クリスマスに私たち人間のもとに到来したということです。御子イエスを私たちの心の中に迎え入れましょう。明日から冬休みとなります。良いクリスマスと新年をお迎えください。
校長 村瀬聰子






