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鷲のように翼を張って
主に望みをおく人は新たな力を得 鷲のように翼を張って上る。走っても弱ることなく、歩いても疲れない。(イザヤ書40章31節) 年度末の3月を迎え、進級・進学が目前になりました。特に6年生にとっては、特別の時を迎えています。6年間という長い小学校生活が守られ、成長の次の節目を迎えられた事は、当然ではなく有難いことです。他の学年の一人ひとりも、振り返ればこの一年間を通して、大きな成長をさせていただきました。 1月29日(火)1年生の特別授業講師として、舞の海さんが来てくださいました。1年生担任の宮原先生のご尽力で、実現した「夢の体験授業」に私も参加させていただきました。相撲番組などのコメントを聞いても、誠実でさわやかな人柄が伝わってくる方ですが、実際にお目にかかり、ますますファンになりました。将来の夢の1番目に相撲取り、2番目に教師になりたいと思ったのは、小学校時代だそうです。その夢を持ち続け、中学校では「相撲部」に入部、人一倍の努力をしたようです。しかし、小柄ゆえのハンディーが大きく、つらい目にも沢山あったとのこと。どうやって、それを乗り越えて、自分にしかできない技を身につけたか・・興味ある数々の話を、子どもたちは身を乗りだして聞いていました。ところで、聖学院小学校の児童は、どんな夢を持っているのでしょうか?子どもの夢なんて!と私たち大人は考えがちですが、毎年6年生が卒業文集に書く「将来の夢」は、その後の歩みのある方向性を表現していることが多くあります。主にある望みは、神のお与えになっている賜物に関係する場合も多いのですから、夢をあきらめないことが大切です。 さて、神様は愛する者を訓練するために、試練を与えると聖書で教えておられます。何度も失敗をし、立ち上がる経験が人間には必要であると、おっしゃっておられます。転ぶ痛みを知り、立ち上がる勇気を身につけてこそ、家族や友の気持ちを推しはかる気持ちが育つことでしょう。可愛い子どもが困難に合わないようにと、周囲が先に先に手を回すのは、本人が転んで立ち上がり、成長するチャンスを奪っていると言えるかもしれません。心したいです。 上記の聖句に登場する鷲も、何度も失敗しつつ飛ぶ練習をするのでしょう。鳥の王者であるといえども、すぐに飛べる訳ではないのです。もし飛べなければ、生き抜くことは出来ないことを本能で知っているのですから、どれ程、必死に練習することでしょう。やがて気流にふわりと乗り、翼を大きく張って、大空をぐんぐんと進む雄姿が目に浮かぶようです。丁度、初めてスキーをする子が、何度も転びながら、やがて見事なシュプールを描く様子に似ています。誰も代わって滑ってあげることは出来ないのです。自分でやり遂げた時のみ、味わえる喜びです。失敗を必要以上に恐れず、主につながっている事を意識し、内なる人を強くしていただきながら何事も前向きに、明日も歩みましょう。 時はレント、十字架をも担ってくださった方を思いつつ。 教頭 角田 芳子
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