「速水優元日銀総裁を神のみもとに送る」 大木英夫 学校法人聖学院理事長の告別のことば(2009年5月18日 阿佐ヶ谷教会)
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■「速水優元日銀総裁を神のみもとに送る」
 大木英夫 学校法人聖学院理事長の告別のことば
 (2009年5月18日 阿佐ヶ谷教会にて)
(1ページ目の続き)
 速水先生の人生は思想に導かれていました。大塚久雄教授の影響のもとに、マックス・ヴェーバーの思想に導かれておりました。それが速水さんの人生観・職業観を決定しました。「職業」はドイツ語の「ベルーフ」、英語は「コーリング」であります。マックス・ヴェーバーは、それをルター的ではなく、カルヴァン的な仕方で理解し、近代資本主義の発生にはその「精神」(ガイスト)が動力となっていることを見たのであります。それゆえ、決して当時のマルクシズムの風に動揺しませんでした。マックス・ヴェーバーは、神の恩寵を受ける人間の態度の違いを、ルター派では「容器」、カルヴァン派は「道具」という譬えで示し、道具は恩寵に動かされて働く、そのようにしてカルヴァン派の方向で近代資本主義の興隆を解明しました。しかし、やがて資本主義がこの精神的基盤を失うとき、「精神なき専門人」となって、「鉄の檻」に入って行くことを予見しました。速水さんは、「精神ある専門人」として健全なヴェーバーの行き方をもって生涯を送られたのであります。

 しかし、それだけではありません、速水さんは使徒パウロの「しかし、わたしたちは、この宝を土の器の中にもっている」という言葉を愛誦されました。この偉大なキリスト者元日銀総裁は自ら「土の器」に神の恩寵を豊かに受けられた方でした。今、速水さんを神のみもとに送るとき、この言葉は特別の意味を表すように思われます。人間は所詮「土の器」、それは壊れやすいのです。しかしなぜ壊れるのでしょうか。人間はなぜ死ぬのでしょうか。この尊敬すべき偉大なキリスト者に何が起こったのでしょうか。土の器は壊れた、しかし、それだけではない、それは、その土の器の中に受けたたえられた豊かな神の恵みの水が外へ広く流れ出るためではないでしょうか。ご遺族、ご親族にも、阿佐ケ谷教会にも、聖学院にも、日本全体にも、流れ及ぶためではないでしょうか。これが神の最後の「コーリング」であったのです。
 ――あのラインホールド・ニーバーの祈りをもってお別れの言葉を結ばせて頂きます。「神よ、変えることのできるものを変える勇気を、変えることのできないものを受けいれる平静さを、変えることのできるものと、変えることのできないものとを識別する知恵を、われらすべてにあたえたまえ。アーメン!」