「輝くこと・愛すること」

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 毎年夏になると、私は日頃の運動不足の解消を兼ねて、一度は海に潜りにいきます。それもスキューバダイビングのような大がかりなものではなく、ただの素潜りです。東京から2時間ほどのところにある海岸で、青く光るステキな魚たちに会いに行くのです。

 今年は、地球温暖化の影響もあるのか、例年より大きな群れにあいました。私がどんなに頑張っても追いつくことなどできないその魚を、どうしたことか一緒に潜っていた娘が一匹捕まえたので、小さな透明ケースに入れて間近に見ることができました。ひとつわかったことは、いつもステキな青い光を放っているわけではなく、輝くにはある条件が必要だということでした。

 この夏も人間同士の豊かな交わりやかかわりとは別次元の、耳を覆いたくなるような痛ましいニュースの数々に、深い悲しみと憤りをおぼえないわけにはいきませんでした。このような現代にあって、ヒトが輝きを失わずに生きるとはどういうことなのでしょう。確かに人間は惨いことをする闇の部分をも持ち合わせている存在なので、そのままで輝くことは難しいのですが、だからと言って闇のままでいいはずはありません。

 どうやら人間は、自分自身のためだけに生きようとするとき、ステキな輝き方はできないようです。そうではなく、自分以外の誰かのために生きようとするとき、愛に生きるとき、ヒトは自分の命を守る生き方から、命を燃やす生き方にかえられていくようなのです。ただし、ヒトがそのように生きるには、まずはじめに自分自身が深く愛されているという実感と経験が必要となりましょう。その意味でみどり幼稚園の営みが、常に主に深く愛され、支えられ、整えられたものであるようにと祈っています。

副園長 村山順吉