先生のことば 「サインズ オブ ザ タイムズ」掲載 (2003年5月号)

聖学院みどり幼稚園 先生のことば
 「サインズ オブ ザ タイムズ」掲載 (2003年5月号)

 
「あそこ、ずるずるすべるよ」
― 言葉の世界:1自然と関わる中で

聖学院みどり幼稚園 園長 鈴木健一

  子どもたちは、外界からの語りかけに対して身体的に応答しながら、体験を重ねて成長することについて述べてきました。しかし、人の成長にはもう一つ基本的な側面があります。それは、「言葉」による成長です。子どもが自然の世界と身体的に関わる暗も、そこで発せられる言葉は、体験による内面の成長をさらに深めます。

ドロまみれになって

 秋に入って、幼稚園の庭に高さ一メートルほどの土の山ができました。庭にできてしまった大きな凹みを埋めるついでに、少し多めに土を買って山にしました。どろんこ遊びをさせたいという先生方の仕掛けです。アイディアは見事当たって、翌日の朝から子どもたちは五人、十人と、土と一日中戯れました。

 歓声をあげて登っては駆け下る者、てっぺんから水をかける者、泥の団子を丸める者……。そのうちに誰かがずるっと滑ったのをきっかけに、われもわれもと滑り始めます。着ているスモックも、パンツまでも泥まみれです。肌で泥に触れる快感に、子どもたちの顔は生き生きと輝いています。私は、子どもというものの本性を見た感じでした。

 そんなことが一週間ほど続いて、山の頂上は噴火口のように凹み、高さも半分になってしまいました。

 「ずるずるすべるよ」

 そんなある日、そこから十メートル程離れた砂場の側に、三蔵半になった女の子が立っていました。土の山で遊んだらしく、手も足も髪の毛までも、全身泥だらけです。近づくと、彼女は土の山の方を見ながら、私に数えるように告げました。

 「あそこ、ずるずるすべるよ」

 それを聞いて先ず、この子はこんな三語文の表現ができるのかと、とてもうれしく思いました。話しかけても、「うん」とか、せいぜい「テープ」と言ってセロテープの切れはしを見せるとか、いわゆる一語文しか返ってこなかった子だったからです。

 毎日がよほど楽しかったのでしょう。実感がこもっています。特に「ずるずる」という言葉がそうです。この子の家はマンションの上の方の階で、赤ちゃんがいるためお母さんは外で遊ばせることもままなりません。ですから、「すべる」という言葉はある程度体験的にわかっていても、「ずるずるすべる」という言葉は、今回の土の山を滑った体験からきているに違いありません。それもきっと、先輩の子どもたちが叫んでいるのを聞いて憶えたのでしょう。聞き憶えた「ずるずるすべるよ」という二語文で、自らの体験を的確に言い表せたのです。この子は幼稚園に来て本当に良かった、と思った瞬間でした。そし

て、彼女の言葉を手帳にノートしました。

「あそこ、」と言って深まった心のひだ 

 何日か経ってノートを見て、この子が「あそこ、」と言った重要性に気がつきました。普通文法で言う指示代名詞の「ここ」とか「あそこ」とかの単純な意味合いが、三語文になったため微妙な陰影をおびています。とりわけ「、」の息継ぎが絶妙です。
 この子は今、十メートルほど離れた所から土の山を見て、そう言っているのです。そこでは子どもたちが今も滑っていますが、彼女は今は滑ってはいないのです。ということは、時間的に少し前にした「ずるずるすべる」という体験を、感激とともにあらためて思い出して、言葉で表現していることになります。彼女が思い出している知識と感情は、既に体験にべったり密着したものではなくなっており、心の中で「言葉を使って」再構成された知識とそれに伴った感情です。
 園長先生に伝えようと、「あそこ、ずるずるすべるよ」という高度な言葉を、ある種の感慨を伴って使えたことで、この子の内面は複雑に屈折し、今新しい心が形成されつつあると言ってもよいと思います。言葉でつづられた物語の世界に思いを馳せることのできる、想像力の萌芽です。そしてこの心は四歳、五歳となるにつれて急速に拡大します。

 最近、日本ザルやチンパンジーなどの研究が盛んで、類人猿は三歳児くらいの知能を持つと言われることもあります。言葉もかなりの数知っていて、訓練次第では絵文字による文章の理解も可能だとのことです。しかし、この三蔵半の女の子の、言葉によって過去の体験を思い出すような心の動きは、類人猿の及ばないレベルではないでしょうか。「あそこ、ずるずるすべるよ」のレベルまで発達したこの子の内部では、チンパンジーの知能とは隔絶した、人間独特な心の形成が始まったのだと思うのです。

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