先生のことば 「サインズ オブ ザ タイムズ」掲載 (2003年2月号)

聖学院みどり幼稚園 先生のことば
 「サインズ オブ ザ タイムズ」掲載 (2003年2月号)

 
ほっペの中の栗の数

聖学院みどり幼稚園 園長 鈴木健一

 子どもは、からだ全体を使って物ごとを知ります。五感を使い、積極的に身体を動かして、体験的に知識を獲得します。年齢が下がるほど、この傾向が強いのです。前回は小学一年生の秋の漢字の学習についてでしたが、今回はもう一年前の秋、幼稚園の年長組の、すなわち5〜6歳の子ども達の、「数」の知り方について考えてみたいと思います。

痛いくらいにほっぺをふくらませて

 11月になると、聖学院小学校の入学試験が行われます。夏休みのことでしたが、ある受験生のお母さんから、前年度の試験問題について忘れられない質問がありました。先生が一つの物語を一分間ぐらい読むのを聴いて、問いに答えるという問題です。質問に関する物語の部分は次のようです。
 きょうもスーちゃんはあっちをきょろきょろ、こっちをきょろきょろ何かをいっしょうけんめいさがしています。「あっ、見つけた、見つけた。」と大喜び。くりの実をほっぺの右に2こ、左に3こ大切にしまいました。それから、またまたみつけたどんぐりを手に持って大急ぎで走り出しました。

問いは、「リスは木の実を何こほっぺに持っていましたか」です。答え方は、まだ学校に上がってない56歳の子ども達が答えるのですから、「5つ」と書かせるのではなく、丸を五つ書ければいいのです。
 この問題に対して、このような単なる暗記を強いるような問題はどんなものだろうか、とのクレームでした。最近の若いお母さんは教養があり、知的に鋭いのです。そう言われてみると、児童や園児に触れてまだ半年も経ってなかった私には、しごくもっともな意見に思われ、試験担当の先生に聞いてみました。そうしましたら、

「問題ありません。その問いは、ほぼ全員が正解でしたから」。

 そう言われて、ハッと気がつきました。子ども達は、質問したお母さんが考えたような聞き方はしていないのです。お話を聞いて、二つと三つという数字を頭に記憶しようとするのは大人のすることです。そうではなくて、子ども達は「くりの実を右のほっぺに二つ」と聞けば、自分のほっぺにくりの実を入れて、痛いくらいふくらませた積もりになって、聴いているのです。身体の感覚で感じて記憶するからなかなか忘れません。質問したお母さんも、答えようとした私も、大人の思考方法を離れられなかったわけです。

未知の世界を手探りで知る

 幼ない子どもは、「痛い」という感覚や「ほっぺをふくらませる」という運動を試みながら、あるいはそういう気分になって、体験的に知っていくわけです。このようなレベルの知能を、発達心理学では感覚運動的知能ということがありますが、物の世界を肌でなぞっていくように知る方法です。狭さはあってもこの確かな認識の方法を、実は私たち大人も、未知の世界に手探りで触れる時に使っているのを、思い出されるのではないでしょうか。

小さい子にお話するには

 私は33年間女子聖学院中学高等学校に勤めておりましたので、中学生や高校生に話をする仕方がすっかり身についていました。大人に近い人々に対する話し方です。しかし、8月のこのような体験と、9月に入ってからの「大」の字の授業に感動してから、子ども達に対する話しの仕方が少しずつ変わってきました。

 その年の冬休みが近づいた頃、「園長先生、子ども達に何かお話をして下さい」と不意に頼まれた時、こんな風に話してみました。
「園長先生はね、お風呂に入るのが好きです。冬休みになると、奥さんと一緒に、いつも箱根の温泉に行きます」。
 ゆっくりと話し出すと、「おんせん、行ったことある」とか、「はこね、知ってる」とかの声が上がります。
「箱根のお風呂のお湯は、牛乳みたいに白いのです。身体を洗って、お湯に足からゆっくり入ります。首までお湯に入ると、身体がぽかぽかと暖まって、とてもいい気持ちです。早く冬休みになればいいなあと、楽しみに待っています」。
 子ども達はそれこそ身体をのりだして、聞いていました。家でお母さんに「園長先生はお風呂が好きなんだよ」と話した子もいたそうです。いわば生理的な次元の言葉を話す、幼稚園の教師になれそうだなと思えた最初の出来事でした。

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