先生のことば(2002年2月6日)

聖学院みどり幼稚園 先生のことば 2002年2月6日 キリスト教講座

「森の神と愛の神」
 

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「神はどこにおられるか」

この問いに対してどのように答えるかで、その宗教の特徴が出てきます。そして日本の宗教、特に神道では神は森の中におられると信じています。ですから伊勢神宮、明治神宮、氷川神社、出雲大社などみな大きくて美しい森に囲まれています。この美しく荘厳な森を前にしますと私たちの心は厳粛な思いにさせられます。人の心の教育には確かにこういう経験が必要だと思います。多くの人が今もなお神社・仏閣に詣でる気持ちはよく理解できることです。

 しかしキリスト教では、神さまのおられる所についてまた別の考えを持っています。それは次の聖書の言葉によくあらわされています。新約聖書ヨハネの第一の手紙四章の言葉です。

愛さない者は神を知らない。神は愛である。(8節)
もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。(12節)
神は愛である。愛のうちにいる者は、神におり、神も彼にいます。(16節)

「神は愛であられるから、私たちが互いに愛し合う、その愛の中におられる」というのです。森や木という自然のうちにではなく、人と人との愛の心の中にいましたもう。それがキリスト教の信仰です。

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「環境保護と人の心」
 
 現代日本は環境破壊がすさまじい勢いで進行しています。大量のゴミの不法投棄、大量の薬品のタレ流し、入江における大規模リゾートホテル建築、などは日常のことですし、愛知万博の中止・延期問題も記憶に新しいことです。日本一美しい富士山が世界遺産に指定されなかったのは捨てられているゴミのあまりの多さに委員会が驚いたことによるということです。

 森を大事にする日本でどうしてこういうことになったのでしょうか。もしかしたら日本人の本当に信じている神さまは森の神さまではなく、お金という現世御利益の神さまなのかも知れません。いずれにしてももうこの日本で「森の神」の信仰は立ちゆかなくなったのではないかと思わざるを得ないのです。

 自然破壊にも増して荒廃しているのは人の心です。若者たちの無軌道ぶり、公衆道徳の欠落、そしていじめ、幼児虐待などの他、雪印食品の不正行為や変ることのない官僚汚職・警察官不祥事事件・建築わいろ等々、一体この国はどうなっているのか、と嘆かずにはおれません。これらの人の心の荒廃の方が自然破壊よりもより重要な問題だと思うのです。人の心に愛を取り戻すことが出来れば自然保護は次第に解決していくはずです。自然が先か人の心が先かという問題がありますが、美しい自然の残っている地方で多くの残虐な事件が起こっているのを見ても、まず人の心の立て直しの方が先決問題であると言わざるを得ません。

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「神は愛なり」

 実に現代の日本の問題は宗教問題もしくは信仰の問題なのです。森の神よりも愛の神を信じて従っていくこと、それが荒廃した日本を立て直していくとかたく信じます。マザーテレサの本に次のエピソードが紹介されていました。

数ヶ月まえ、なぐり倒された人がメルボルンの路上から運び込まれました。その人は、何年もそんなひどい状態にあったアルコール中毒者でしたので、シスターがそういう人のための“慈しみの家”に連れて行きました。シスターたちが手を触れるその触れ方、世話の仕方から、突然その人は「神さまが自分を愛してくださっている!」とはっきりわかったのです。彼はそのホームから出てから二度とお酒はやらず、自分の家族と子どもたちのもとへ帰り、仕事にもどりました。 その後、最初の給料をもらった時、シスターたちのところへやってきて、お金を渡してこう言いました。「わたしたちにしてくださったように、ほかの人たちにとっても、みなさんが神さまの愛となってください。」

「ここに神がおられる。そして私はこの神に愛されている」。みどり幼稚園もこの事実を体験している幼稚園です。愛であられる神さまに守られつつ、お互いが愛し合う。そしてそのつながりで自然のいのち一つ一つを大切にしてく、そういう幼稚園でありたいと切に祈っております。

(宗教主任 濱田辰雄) 

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