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2006年12月21日

小学校PTAクリスマス礼拝 心に受けた「クリスマスの恵み」


 12月12日(火)10時~12時 聖学院小学校講堂で、PTAクリスマス礼拝を持ちました。校内は、PTA宗教部の方々と6年生児童の手による、素敵なクリスマスの飾りがいっぱいでした。このプログラムのために、宗教部部長さん、副部長さんを中心に、何度も打ち合わせと、祈りの会をもってくださったこと、感謝しています。神様はその労に報いて、恵みに満ちた素晴らしい礼拝にしてくださいました。幼小保護者218名が、熱心にお話を伺い、恵みを心いっぱいいただいて家路につきました。
 
今年、奨励をしてくださったのは、聖学院大学学長であり、牧師でもあられます阿久戸光晴先生でした。かつて、ご自分が大阪で出会った小学校4年生の少女の例もあげ、とても分かりやすいお話をしてくださいました。ありがとうございました。(奨励の内容は「続きを読む」から読むことができます)
また、キャンドルを手に、入場時と特別讃美をしてくださったコールシャロンの皆様、天使の音色といわれる、ハンドベル演奏をしてくださったGクレフの方々に感謝申し上げます。

「やみ夜に響く新しい讃美の歌」

   イザヤ書11章1~9節
   ヨハネ福音書1章1~5節
   マタイ福音書2章1~12節
   ルカ福音書2章1~20節
   讃美歌II 87,118,114


1.現代日本社会をおおういじめ問題のやみ
 私が今日こうして教育・伝道のわざに導かれる前に、ある会社で勤めておりました。その勤務地の関係により、大阪のある教会で私は教会学校の教師のご奉仕をしておりましたが、ひとりの少女との小さな、しかし大きな出会いがありました。その少女は動作が少し緩慢でした。一つのことに取り組むと、何度もやり直し、結局何をやってもタイムアウトということになります。でも聖書のお話にはとても目を輝かせて集中して聴くのです。彼女は動作のことなどで学校ではいじめられておりました。教会学校でも仲間と歩調が会わず、いつもひとりでした。ある時私は、全員によって書かれた聖書カードを壁に貼り出したとき、私は目を疑いました。何度も書き直しやっと書き上げたその子の字が、消しゴムのカスだらけの中で生き物のように浮き出ていました。私はこの子の動作の意味が分かりました。緩慢に見える動作は、この子にとって心への焼付けプロセスなのです。この子のお母様によれば、3歳の時の交通事故により頭を強く打ちつけ、この子はだめになってしまったというのです。そうではないことを何とかお母さんに分かってもらう努力が、私にとって必要となりました。短所に見えるところは実は秘められた長所なのです。私は時間との関係で、仕事を適宜流しておりました。それが現代のスピード感覚なのです。しかしこの子は時間を超越し、本当に「分かる」ための丁寧な歩みをしております。私はわが身に照らし反省させられました。この子のように真心こめた丁寧な仕事をして行こうと。あの事故で確かに個性は変わったかもしれませんが、はるかに立派な個性が密かに神によって備えられていたことを思います。それにしても、ご家族の理解、学校や教師の理解、そしてクラスの周りの理解が大切です。今日のいじめ問題克服の鍵があると思われるのです。
 ところで本日の旧約聖書に「おおかみは小羊と共にやどり・・・」という御言葉があります。現在、日本では陰湿ないじめ問題が起きております。正におおかみが小羊に襲いかかり、ひょうが子やぎに食いつき、という状況であります。正に現代日本社会をいくつかの大きなやみがおおっております。ところで私は、この御言葉を読む度に、アメリカの黒人(アフリカン・アメリカン)のマルティン・ルーサー・キング牧師が(ご承知のとおりアフリカン・アメリカンの人々の差別撤廃と公民権保障のため、整然たる非暴力による運動を指導し、また力強い説教や講演活動を通じて、ノーベル平和賞を受け、その後心無い白人により暗殺されました)、‘I have a dream’「私には夢がある、子どもたちが肌の色、民族の違い、性格の違いを乗り越えて、ともに手をつなぎ、同じテーブルの上で食事をともにする時が必ず来る」、と言われたことを想い起こします。差別とはいじめの最たるものであります。バスの席にも隔離する、仲間に入れてあげない、などでありますが、それは正に現在の日本社会で同じことが起きていると言って良いのではないでしょうか。キング牧師は言います。差別する白人の子の心の将来を心配する、差別させて放置してよいのか、彼らのために祈ろう。また差別されるアフリカンの我々の子の将来を心配する、差別され、卑屈にさせることにならないか、彼らのために行動しよう。しかし差別は我々のうちにないのか。訴えかけよう、非暴力による訴えをしていこう、胸を張って、と。
 ところでこの御言葉は続きます。「小さいわらべに導かれ」と。おおかみと小羊が仲良くともに伏す時が来ると言われているのです。

2.クリスマスの沈黙
ところで、聖書はクリスマスについて何を説明しているでしょうか。お読みいただいた福音書のクリスマスの記事を注意して読むならば、本当に不思議なことに、クリスマスの出来事の意味の説明について、聖書は沈黙しております。マタイもルカも事実を淡々と報告しているだけであって、一切解説めいた説明を入れておりません。
 闇の中で星だけが輝き、東方から来た学者たちを導き、ひとりの幼な子と出会わせ宝をささげさせ、学者たちは帰っていく。星と学者たち以外は、一切語っていない。これがマタイの語り口です。一方、天上の世界と地上の世界とがあって、天と地は、悲惨と苦悩、罪と死の暗闇によって分かたれている。地上はどこまでも深い闇の中にある。突然、天の扉が開いて、天上の輝きが一瞬地上を照らす。しかしすぐにその扉は閉じられ、再び暗闇に戻る。地上の世界は以前と比べて何も変っていないかのように見える。しかしもはや全く同じではない。そこにひとりの幼な子が生まれていた。これがルカの語り口です。実に不思議な語り口です。いずれも信仰によって読まなければ何も見えてこないような語り口です。マタイはあたかも本当のクリスマスはあの星だけが祝っていた、またルカは本当のクリスマスは地上ではなく天上においてだけで祝われたと、言わんとするかのようです。たしかに、約2千年前の昨晩、クリスマスの出来事の意味を本当に理解し、そして事の重大さにどよめき、神のなさる御わざを讃め頌えずにいられなかったのは、輝く星のもと御使いたちと天の軍勢であって、地上の人間ではありませんでした。
クリスマスが起こったあの日の夜、地上は深い闇に包まれていました。闇は何も語りません。質問への応えを拒否する世界、それが闇です。ベツレヘムの野原も真っ暗でした。羊たちは身を寄せ合ってうずくまり、羊飼いたちも衣服を何度もきつく引き締めて目を伏目がちにしつつ、楽しそうな会話もなく、闇の中で辛い役目に耐えていたことでしょう。そして小さな村ベツレヘムの片隅の馬小屋には、疲れきったヨセフとマリヤがいました。これはまさに地上の姿そのものです。彼らは為政者の人口調査のための強制命令による旅路の途中にありました。命じられた住民登録の旅は原籍地の役場に行かねばならず、しかも自費負担であり、貧しい者には過酷なまでに耐え難いものでありました。正にここには疲れきっている人々がそこにいました。ましてや身重の女性にとっては。
ヨセフとマリヤはとにかくベツレヘムにつき、マリヤは月満ちて初児を産み、布にくるんで飼い葉おけの中に寝かせたのでした。宿屋には彼らが泊まれる場所がなかったと記されております。神の子の家族がいくら宿屋の扉をノックしても、受け入れてもらえません。彼らは冷たい人の心の闇に直面しました。これは神の子の訪れに心の扉を開こうとしない私たち人間の罪の光景が映し出されております。ようやく彼らはある宿の片隅の馬小屋で、休みを取り、幼な子を飼い葉おけの中に寝かせました。
 その場所からほど近いまき場で、冬至という最も夜の長い深更、地上は深い暗黒に支配され、羊飼いたちは寒さの中で沈黙していました。ところがそこで突然、天が開け、主の栄光が地上を照らしたのです。真っ暗な地上がほんの一瞬、まばゆい光の輝きによって照らし出されました。この天上からの輝きの中で、羊飼いたちに声が聞こえます。
 
3.羊飼いが見たもの
 羊飼いというのは、いわゆる遊牧民であり、定住する土地を持っていませんでした。定住者からは、怪しまれたり、軽蔑されておりました。羊飼いたちは、格差社会において見捨てられた人々、さびしい人々、心に大きな闇を持つ人々の代表者たちでもあります。富める人、賢い人、多くの仲間がいる人たちが、幼な子に泊まる場所を与えるのを拒否した一方、馬小屋に住むような人々のもとへ、神の子の御誕生が告げられます。
 羊飼いらは光に打たれ、その輝きが一体何か分からず、恐れ、おののきました。しかし天からの声は「恐れるな」でした。神を畏れる人々に、神は「恐れるな」と言ってくださいます。そして御使いたちは「見よ、すべての民に与えられる大きな喜びを、あなたがたに伝える。きょうダビデの町に、あなたがたのために救主がお生まれになった。このかたこそ主なるキリストである」と言われました。何百年も前のイザヤの時代より預言されていた救い主のお誕生です。しかしどうやって神の子のお誕生と分かるのでしょうか。天使は言います。「あなたがたは、幼な子が布にくるまって飼葉おけの中に寝かしてあるのを見るであろう。それが、あなたがたに与えられるしるしである」と。しるしは、「幼な子が布にくるまって」いること、そして「飼葉おけに寝かしてある」ことでした。
「布にくるまって」とは、オムツをしてというのが本来の意味です。すなわちそのお姿は、普通の赤子とまったく同じであられたということであります。しかしこの子は成長し、神と人から愛され、多くの人々を癒し導き、やがて十字架にかかられ、そこからおろされた後の主イエス・キリストのお姿も亜麻布に「くるまれていた」(ルカ23:53)のでした。そこには、お生まれになる時から、十字架にかかられるまで、神に従順でご自身をささげきられたお姿であります。そのお姿を、羊飼いらは前もって見たのでした。
また「飼葉おけの中に」眠る幼な子でした。それは、3度も繰り返して証言されています。聖書が3度記述するときは、特に重要な意味が込められております。飼葉おけの中のまったく見栄えのしない、賎しいお姿の幼な子、それはやがてゴルゴタの丘の十字架につけられて死ぬ救い主のお姿であり、まだだれも葬ったことのない岩を掘って造った墓に納められるお姿を、予兆するものであります。しかも「寝かされて」おりました。それはすべてを神にゆだねきっている姿であり、正に主イエスのお姿であります。
 羊飼いたち、この世において失われていた者らは、これらの光景を目撃しました。その奥にある意味、救い主がどのような方であるかを不思議な仕方で感じ始めておりました。
 自分を少しも義人と思わず、罪の束縛に苦しむ人々、彼らは正に、クリスマスの夜に、聖霊の啓示を受けて、神の子、救い主がどのような方かを知らされました。その彼らの耳に聞こえてきたのが、沈黙の夜空を突き破って響き渡る天の讃美の大合唱であったのです。
「いと高きところでは、神に栄光があるように、
地の上では、御心にかなう人々に平和があるように。」

4.新しい讃美の歌が湧き上がる
 羊飼いたちは言います。「さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせくださったその出来事を見てこようではないか」と。そして飼葉おけの中の幼な子と出会いました。
羊飼いたちの心に大きな驚きと感動が生まれました。神の子が飼葉おけの中でお生まれになった!神の子が玉の寝台でお生まれになったならば、彼らの心にそれほど大きな感動は起きなかったかもしれません。しかし彼らが見たのは、馬小屋の飼葉おけの神の子でした。飼葉おけ、それは彼らの日常生活の舞台であります。彼らの生活のただ中に神の子が生まれたもうたのです。飼葉おけは彼らの貧しい心です。私たちの心の象徴であります。私たちのもとに、私たちの心に神の子がお生まれになる驚きの感動です。
彼らは、神をあがめ、讃美しながら帰ったと書かれております。クリスマスには沈黙が支配していることをお話いたしました。しかし、この驚くべき出来事を見ることを許された者もやはり沈黙してしまうのではないでしょうか。それは説明をしたり、余計なことをしゃべりだすことをいとうような沈黙、本当の喜びに満ちた者にしかできない沈黙であります。説明などありません。口を破るのは、ただ讃美、新しい歌声であります。祈り、心を高くあげ、沈黙する者のみが歌声をあげることができます。羊飼いたちは、神をあがめ、讃美しながら帰って行き、闇の力におさえこまれている周りの人々をも、喜びの歌の輪に包み込んで行くのです。
天上の光が天の扉とともに再び閉ざされました。しかし羊飼いたちにとって、この地上をどれほど闇の力が再び支配しようとも、もはや闇の力は打ち破られたのであります。「やみはこれに勝たなかった」(ヨハネ福音書1章5節)のです。究極においてこの世を支配するのは決して闇ではありません。光であります。しかもその光の子が闇の中に生き始め、私たちとともにおられる!この事実を知った羊飼いたちは、かつてのように諦めのうちにあり、闇の中にまどろんでいる存在ではもはやありません。喜び歌い、天の御使いたちの群れに加わるのであります。この羊飼いたちに、きょう私たちは私たち自身の姿を見出さないでしょうか。
 現在の日本社会は疲れきっているかもしれません。しかし羊飼いたちも喜びの歌声の中に引き入れられ、そして「この子について自分たちに告げ知らされた事を、人々に伝えた」のであり、「見聞きしたことが、何もかも自分たちに語られたとおりであったので、神をあがめ、また讃美しながら帰っていった」のです。ここに光に打たれた新しい自由人の讃美と語り伝える生き方が始まっております。新しい生き方の誕生です。
 クリスマスは神の子の誕生です。そして神の子の誕生を知らされた者の心に神の子が誕生し、知らされた者が冬枯れの中で新しく生き始める時であります。閉塞社会をおおうやみ夜に天が破れ、新しく希望に満ちた人々が誕生するのであります。冒頭にお話したあおの少女は聖句を一所懸命覚えておりました。一度覚えた聖句は絶対忘れないのです。御言葉が心に宿るのであります。子ども修養会の時、この子だけがテーマ聖句を覚えていて空で言えたのです。その時クラスの子たちから一斉に祝福の拍手が起こりました。私は本当に神に感謝しました。ひとりの子が立ち上がるのは本人だけの課題ではなく、周りの理解と祝福あってこそであります。心に御言葉が宿ると、クリスマスに御子が宿るように、私たちは喜びの讃美をしていく者へと変わり、回りの者も変わるのであります。この子はその後立派な教師になりました。ほかの生徒たちもそれぞれの道へ。
いじめ問題は人間の心の内に、心の闇にあります。人間の心の中におおかみが小羊と共に住んでいるのであります。しかしクリスマスは、その中に小さなわらべが御言葉とともにお生まれになり、導き始めてくださる出来事を教えてくれます。かならず、おおかみと小羊が共に宿るときが来る、すべての人間の心の中において。そして小さなわらべが宿る人々は回りを変え始めるのであります。私は祈ります。まずここにおられるお母様方、保護者の方々の心に今年のクリスマスに、御子がお生まれになることを。そして、私たちの大切な聖学院小学校の児童たちの心にイエス・キリストが宿らんことを。それがこの国と社会を必ず良い方向へ変えて行くことでしょう。We have a great dream, too. 私たちもまた大きな夢を抱いてまいりましょう。

投稿者 admin : 15:02

薩摩琵琶とリュート~楽器の伝播(公開講座)

12月13日(水)のアセンブリアワー・人文学部プログラムとして、「薩摩琵琶とリュート~楽器の伝播~」が大学チャペルで行われました。本学のアセンブリアワーとは、学生と教師が一体となって学ぶ全学的フォーラム。本講座は一般の方にも公開されました。
当日は学生をはじめ近隣の方の参加もあり、チャペルの荘厳な雰囲気の中、西洋の伝統的な楽器であるリュートと日本の伝統的な楽器である薩摩琵琶が、それぞれの楽器の歴史や演奏に触れながら交流するという画期的な試みがなされました。


リュートの講師には、全国で積極的に活躍中の佐藤亜紀子氏をお迎えしました。佐藤氏はリュートという楽器の歴史的にも貴重な資料をスライドで写しながら、時代によって演奏スタイルが変わることを、実際に演奏しながら説明されました。とても繊細な音色であるリュートの音に、会場全体がしっとりと浸りました。更に、実はリュートと薩摩琵琶が同じ起源の楽器であることを説明され、豊臣秀吉の前で演奏されたと伝えられる“天正遣欧少年使節”のエピソードなども語られました。


薩摩琵琶の講師にはTV・映画など幅広い演奏活動を展開されている岩佐鶴丈氏をお迎えしました。岩佐氏は本邦初の試みとして、西欧の語り物「オデュッセイア」の一節を薩摩琵琶によって語られ、迫力ある琵琶の音、さらに表情豊かな語りに圧倒されました。また薩摩琵琶の代表的な語りである「耳なし芳一」では、物語が目に浮かぶようで、作品の世界へ引き込まれる素晴らしい演奏でした。

最後に両氏による対談・質問コーナーがあり、楽器の弦の仕組みの違いや奏法などについて具体的な質問等に、丁寧に応えていただきました。
なお、今回のプログラムの進行は井上伸子先生(日本文化学科)、「オデュッセイア」解説に和田 光司先生(欧米文化学科)、そして人文学部長の寺田正義先生からご挨拶がありました。

    

投稿者 admin : 11:39

2006年12月20日

聖学院小学校クリスマス礼拝 説教

12月16日に行われた聖学院小学校クリスマス礼拝・井本晴雄先生(聖学院中高聖書科教諭)のお話をここにご紹介します。


説教題 『最高のクリスマスプレゼント』
聖 書 ルカ伝 6章38節

「与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」

 クリスマスには不思議なことがあるものです。これからお話するのは実話です。アメリカで本当にあったお話しです。ワシントン州レッドモンドという町の郊外で、居心地のいいトレーラーハウスに引っ越したばかりの家族のことです。その家族には息子で末っ子のマーティという8才の男の子がおりました。
 8才のマーティは12月になり、家族の他の誰よりも張り切っていました。ブロンドでとっても人なつっこい子どもでした。だれかに話しかけられると、子犬のように首をかしげて見上げる奇妙な癖がありました。でも、実はこれは、このマーティの左耳が生まれつき聴こえないからです。しかし彼はそのことで不平を言ったことはいままで一度もありません。

 お母さんはある日、このマーティが何か隠し事をしているのに気づきました。お母さんはちょっと心配でしたが、しばらく様子を見ることにしました。それは、マーティはいつもと変わらず朝起きてベッドもきちんと直しますし、夕食の手伝いも一生懸命してくれるからです。また、もらったお小遣いは1セント、10円くらいでしょうか、1セントも使わず貯金しているみたいだったからです。でもお母さんはこのマーティが何を隠しているのかまったくわかりませんでした。でもその秘密は、友だちのケニーになにか関係がありそうです。
 ケニーとはマーティの一番の友だちでした。この春に友だちになったばかりですが、それからというもの二人はずっと一緒でした。マーティはケニーと近くの小川や原っぱでカエルを捕まえたり、リスにピーナッツをやったりしていました。
 マーティの家族はそんなにお金持ちではありませんでした。切り詰めた生活をする毎日でした。でも何とかお母さんのパートから得る給料で、工夫をこらせば、子どもたちにそんなにみじめな思いをさせずにやっていくことはできました。でも、ケニーの家はお金にとっても困っていました。ケニーの家はケニーともうひとりの子どもにお腹いっぱい食べさせたり、暖かい服を着せてやることさえ満足に出来ないようでした。そんな風でも、ケニーの両親はきちんとした、とてもよい人たちでした。
 ある日マーティの家で、マーティとケニーは座ってお母さんがツリーを飾るのを手伝っていました。がやがて、ふたりはひそひそと話し始めたかと思うと、もうふたりの姿は見えなくなっていました。二人は裏口から外に出て、牧草地の周りに張り巡らしてある電気フェンスの下を用心してくぐり、牧草地に出て行きます。ケニーの家はこの牧草地をはさんで向こう側にあったので、ふたりはいつもそこを行き来していたのでした。でもお母さんはちょっと心配でした。動物用の電気フェンスとはいえ、人間が触るとやけどをしてしまうからです。
 ある日お母さんが目のまえに迫ったクリスマスのために台所でクッキーを焼いていました。そこにマーティが顔を出しました。マーティは何ともうれしそうで、そして誇らしげな様子でこういいました。「ママ、僕ねケニーにクリスマスプレゼントを買ったんだ。見たい?」お母さんは、マーティが何となく隠し事をしていたのはこのことだったのかと思いました。「ママ。プレゼントはね、ケニーがずっと欲しがっていたものなんだ。」そういいながら、マーティはタオルでていねいに手を拭いてから、ポケットから小さな箱を取り出しました。そのふたを開けると中にはポケットコンパス、方位磁石が入っていました。マーティはお小遣いを全部貯金してそれを買ったのでした。
 お母さんは「すごいわね。マーティ。」と言いながら、ちょっと困ったことになったと思いました。なぜならお母さんは、ケニーの家がお金に困っていることをケニーのお母さんがどう思っているか知っていましたし、ケニーの家では家族の間でさえプレゼント交換が難しいということも知っていたからです。ですからケニーの家では、だれかに贈り物をしたり、だれかとプレゼントの交換をするということはできなかったのです。ましてや、お返しの出来ないプレゼントを子どものケニーが受け取ることはお母さんとしてはなんとも複雑な気持ちになることは考えてすぐにわかりました。
 そこでマーティのお母さんは、ケニーの家がお金に困っていること、だからそんなプレゼントをもらったらケニーのお母さんが困ってしまうことなどを、言葉を選びながらマーティに、ていねいに伝えました。マーティはお母さんの話しを聞いてちょっと元気をなくした顔をしましたが、すこし考えて「わかったよ、ママ。じゃあ秘密にすればいいよね。そうすればマーティのお母さんだって僕からだってわからないんだから。」マーティのお母さんも「そうね」としかいえませんでした。
 クリスマス・イヴの日は朝から冷たい雨が降っていました。それはまるでマーティのお母さんの気持ちをあらわすかのようでした。雨は夜になってもいっこうに止む気配がありませんでした。雨ほどクリスマス・イヴに似合わないものはありません。もしあの日も雨だったら、東方の博士たちはどのようにしてやって来たのでしょうか。マーティのお母さんは台所で最後の料理をしていました。オーブンの中のハムとパンの焼け具合を見ていると、マーティがこっそりとドアを開けて出ていくのが目に入りました。パジャマの上にコートを着て、真っ赤な包装紙で包んだ小さな箱を大事に抱えています。中にはあのケニーへの贈り物のポケットコンパスが入っているのでしょう。
 マーティは雨でぬかるんだ牧草地を通り抜け、庭を通ってケニーの家の前に着きました。マーティは気づかれないように抜き足差し足で玄関の階段を登りました。雨で濡れた靴がぐしゅ、ぐしゅっと音をたてます。そしてそおっと家の戸を少しだけ開け、そこからあのコンパスの入った箱をそっと家の中に置きました。そしてまたそっと扉を閉め、大きく深呼吸をして、ドアのブザーに手を伸ばし、力一杯おしました。
 マーティは急いで向きを変え、一目散に引き返しました。ケニーに見つかってはもともこもないからです。階段を一気に駆け降り、庭を駆け抜け、牧草地を、とその時、暗闇に一瞬光が見えました。なんとマーティは慌てていて、あの動物用の電気フェンスに思いっきりぶつかってしまたのです。マーティはそのショックで濡れた土の上にひっくり返ってしまいました。マーティは目を白黒させて気絶していました。が、やがて体がぴくぴくと動き、あえぐように息をすると、ゆっくり、ゆっくり、やっとの思いで我が家のドアまでたどり着いたのです。マーティは、自分の身に何が起きたのかよくわからないままで、とってもおびえていました。
「マーティ、どうしたの?」
「フェンスのことを忘れていたんだ。ぶつかってひっくり返っちゃった。」
お母さんは息子の泥だらけの体を抱き寄せました。マーティはまだふらふらしていました。電気フェンスにぶつかったのでしょう口から左耳にかけて、赤い傷がみみずばれのようになっています。お母さんはとりあえず傷口を消毒し、ホットココアを作ってやりました。マーティは間もなく元気を取り戻しました。そしてベッドに入り、毛布を掛けてもらうと、すぐうとうとし始めました。が、そっと目を開け小さな声でこうつぶやきました。「ママ、ケニーに見られなかったよ。絶対大丈夫。僕だってわからないはずだよ。」

 お母さんはその夜ベッドの中で悩みました。クリスマス・イヴだというのに悲しくて、納得がいかない気持ちでした。なぜこんなことが起きたのか。小さな子どもには残酷すぎると思ったからです。しかも神さまがわたしたちに望まれること、すなわち与えること、それも名前を伏せて、人に知られず与えることをした子どもに起こってしまったからです。お母さんは程んど眠れず朝を迎えました。しかしその翌日お母さんはこの疑問に対する答えを神さまから頂くことになります。
 次の日の朝には雨も上がり、気持ちのいいクリスマスの日でした。マーティの顔のやけどはまだ痛々しく見えましたが、幸い傷はそれほどひどくないようでした。朝、マーティの家族のみんながクリスマスツリーの下に置かれたそれぞれのプレゼントを開き終わったころ、案の定ケニーがやって来ました。お母さんはちょっと複雑な気持ちでしたが、ケニーのはち切れんばかりの笑顔を見て、心が落ち着きました。ケニーは一刻も早くマーティにコンパスを見せたかったのです。そしてその贈り物が、贈り主不明で、とっても不思議なプレゼントであることを息もつかずに話してくれました。その様子からケニーがマーティのことを疑っていないことはわかりました。とうのマーティは終始にこにこ顔でケニーの話しを聞いています。その小さな顔からは笑みがこぼれ落ちんばかりでした。
 その時お母さんはあることに気づきます。ケニーとマーティは身ぶり手ぶりを加え、一生懸命それぞれのクリスマスの出来事について話していました。でもケニーが話す時、マーティはいつものように頭を傾けていなかったのです。その姿は、あたかも聞こえるはずのない左の耳でケニーの声を聞いているかのようでした。
 それからしばらくたって学校の保健室からマーティのお母さんに連絡がありました。それは「マーティの耳は両方とも正常です。」というものでした。
 マーティの聴けなかった耳がどのようにして回復したのかはわかりません。担当するお医者さんは、電気フェンスによるショックのためではないかといいます。そうかも知れません。でもお母さんにとってそんなことはどうでもよかったのです。ただただお母さんにとって感謝だったのは、あの雨の降るクリスマス・イヴの夜行われたすばらしいクリスマスのプレゼント交換を見せていただいたからでした。お母さんも、そしてわたしたちも、その夜、ケニーの家の庭先で、心を込めたマーティのプレゼントと、そしてそれをもらってもお返しの出来ないケニーに代わって、神からマーティに与えられたすばらしいプレゼントを、忘れることが出来ないのです。

投稿者 admin : 17:54

クリスマス礼拝、ページェント


 2006年12月16日(土)女子聖学院チャペルをお借りして、クリスマス礼拝とページェントを行いました。荘厳な雰囲気のチャペルで、児童は練習した歌や台詞を大きな声で披露し、主イエスの降誕メッセージを演じました。感動的なクリスマスでした。また、すべてのプログラムの最後では、客席の保護者も起立していただき、ヘンデル作曲の「ハレルヤコーラス」を英語で、声高らかに歌い、良い冬休みを過ごせるように宗教主任の祝祷を受けました。ハレルヤの感動を胸に、聖学院小学校は冬休みに入りました。
 1,2階とも満席で、お立ち見をしていただいた方々もおられました。温かい目で応援下さった保護者の皆様、ありがとうございました!皆様からの大きな拍手と、ご家庭でのお褒めの言葉は、きっと子ども達に自信を与えることでしょう。一度しかない感動の場面を共有できた事は、また幸いな事といえるでしょう。
 ご家族の皆様が、お元気で良いクリスマスシーズンを過ごし、心新たに新年をお迎えになられるようお祈りしています。

   

(写真左)熱心にお話される井本晴雄先生(聖学院中高聖書科教諭)
→お話の内容はこちらから読むことができます
(写真右)荘厳な雰囲気のチャペルは、気迫に満ちています。

投稿者 admin : 16:52

2006年12月14日

2007聖学院大学大学院主催シンポジウム 「いま、なぜ人間福祉学か?」                                                     


聖学院大学は、昨年度から新たな大学院のコース「人間福祉学研究科」を新設いたしました。最近、児童や高齢者の領域においてもまさに人間の問題が噴出しています。「人間福祉学研究科」では、幅広い福祉学の中でも、特に人が人をケアする領域に集中して研究と教育を行っています。このシンポジウムで本学の考える人間福祉学をご紹介したいと思います。一般の方もぜひご参加ください。(入場無料)

 日 時:2007年1月13日(土)13:30~16:30
 場 所:聖学院大学ヴェリタス館1階教授会室

【プログラム】
  「第三者機関によるいじめ問題解決の実際」 中谷茂一(聖学院大学助教授)
  「超高齢社会の2つの挑戦」 古谷野 亘(聖学院大学大学院教授)
  「人間福祉学と社会福祉学」 濱野一郎(聖学院大学大学院教授)
  「高齢者への励ましとは」 平山正実(聖学院大学大学院教授)
  「人間福祉学における政策研究とは」 郡司篤晃(聖学院大学大学院人間福祉学研究科長)

  ※お申し込み・お問い合わせは聖学院大学大学院事務室まで
    〒362-8585 埼玉県上尾市戸崎1-1
    ℡.048-725-0781 Fax.048-781-0421
    E-mail: gradschool@seigakuin-univ.ac.jp


投稿者 admin : 11:05

各校冬休み期間・閉鎖期間

*各校の冬休み期間と、冬休み期間中における学校閉鎖期間は以下の通りです。

◆聖学院大学大学院
冬休み期間:12月18日(月)~1月6日(土)
閉鎖期間  :12月27日(水)~1月5日(金)

◆聖学院大学
冬休み期間:12月23日(土)~1月5日(金)
閉鎖期間  :12月27日(水)~1月5日(金)

◆聖学院中学校高等学校
冬休み期間:12月22日(金)~1月8日(月)
閉鎖期間  :12月29日(金)~1月5日(金)

◆女子聖学院中学校高等学校
冬休み期間:12月20日(水)~1月8日(月)
閉鎖期間  :12月28日(木)~1月5日(金)

◆聖学院小学校
冬休み期間:12月18日(月)~1月8日(月)
閉鎖期間  :12月28日(木)~1月5日(金)

◆聖学院幼稚園
冬休み期間:12月20日(水)~1月8日(月)
閉鎖期間  :12月28日(木)~1月5日(金)

◆聖学院みどり幼稚園
冬休み期間:12月16日(土)~1月8日(月)
閉鎖期間  :12月28日(木)~1月3日(水)

◆聖学院アトランタ国際学校
冬休み期間:12月18日(月)~1月3日(水)
閉鎖期間  :なし

投稿者 admin : 09:58

2006年12月12日

「西欧からの楽器の伝播─薩摩琵琶とリュート─」演奏とお話を催します

歴史を遡ると、実は同じ祖先である薩摩琵琶とリュート。演奏家として活躍中の岩佐鶴丈氏(薩摩琵琶)と佐藤亜紀子氏(リュート)による演奏とお話から、楽器の伝播にまつわる文化的・歴史的背景などに迫ります。また、本邦初の試みとして、西欧の語り物「オデュッセイア」の一節が薩摩琵琶により語られます。

リュート
◆人文学部アセンブリーアワー(公開講座)◆
日時 12月13日(水)11:00開演(10:50受付開始)
場所 聖学院大学チャペル
出演 岩佐鶴丈(薩摩琵琶)、佐藤亜紀子(リュート)
予約不要・無料(一般参加可)

<出演者プロフィール>
◆岩佐鶴丈(いわさ・かくじょう)                
古典曲、現代曲などジャンルを問わない幅広い演奏活動を展開、レコーディング、TV、映画などでも活躍中。1997年、第34回「日本琵琶樂コンクール」1位入賞、文部大臣奨励賞。日本放送協会会長賞を受賞。
◆佐藤亜紀子(さとう・あきこ)
日本リュート協会所属演奏家。ジャンルを問わずさまざまな楽器によるコラボレーションを成功させ、精力的に全国で演奏活動を展開。

投稿者 admin : 10:36

2006年12月10日

クリスマスメッセージ(阿久戸光晴聖学院大学学長)

(全学礼拝週報Chapel News より)

   「あなたがたも、夜が明け、明星がのぼって、
   あなたがたの心の中を照すまで、
   この預言の言葉を暗やみに輝くともしびとして、
   それに目をとめているがよい。」
        (ペテロの第二の手紙 第1章19節)
 
 クリスマスは、闇のこの世の中に永遠の光としての神の御子イエス・キリストが到来し、私たちに生きる希望と力を与えてくれる時です。古来クリスマスを迎える季節4週間のアドヴェント(待降節)に、毎週1本ずつロウソクをともす習慣がありました。この1本1本に、名前がついております。第1週“Hope”のともしび、第2週“Peace”のともしび、第3週“Joy”のともしび、第4週“Love”のともしびです。これらのロウソクの色は、待降節の典礼の色を表すべく薄紫が使われます。それは忍耐と待望の色であり、待降節は主イエス・キリストがお生まれになるまで神の民がしたように、私たちも主イエス・キリストが再び私たちに会われるまで忍耐と練達と希望の時を生きる季節だからです。神の御子は天上で生まれ、ひとりの女子マリアに生まれ、そして私たちを含むすべての者の心にお生まれになり、お姿を顕わされるのです。
 待降節は、私たちにその真理を教え、私たちに実践的にその訓練をさせてくれる季節なのであります。なおアドヴェントのロウソクの色は前述のとおり一般に薄紫ですが、第3週のロウソクのみはクリスマスの喜びの先取りとして、“Joy”にふさわしく、喜びの桃色のロウソクが使われることがあります。そしてクリスマス当日には、神の子を象徴する大きな純白のロウソクが4本のロウソクの中心におかれ、火がともるのです。

投稿者 admin : 15:13

2006年12月07日

姜尚中教授の講演会が行われました


政治経済学科の講演会の最終回は、姜尚中・東京大学大学院情報学環教授の講演会で、12月6日(水)11時より大学チャペルにて行われました。
参加者は、政治経済学科の学生約150名のほか、内外の大学院・大学の教職員・学生、議員、地域住民の方々など約100名と、平日日中にもかかわらず大勢の方が出席されました。
講演題は「国を愛する作法-その限界と可能性」。
姜教授の著作『愛国の作法』(朝日新書)に即しての90分の講演でした。

姜教授は、故郷(パトリア)を愛することと、国を愛することの違いを述べ、愛国を受けて立つが、それを突き抜け、東北アジアに多国間主義的なネットワークを目指すというビジョンを語られました。
特に北朝鮮については核実験問題をはじめ、様々な問題が噴出しているが、現実の背景にある歴史をふまえることの大切さ、米朝対話、六ヶ国協議が東北アジアの平和の鍵になることを主張されました。
また聖句「すべてのわざには時がある」(伝道の書3章1節)を引用され、平和的解決の「時」を待ち望みたいという希望を語られました。

講演後、日米安保や教育基本法改訂問題等について、学生からの質疑応答があり、アジア外交や愛国心問題について、聴衆一同共に真剣に考える時を持ちました。

なお、本講演については、学生が発行する学科新聞に掲載する予定です。政治経済学科の3回連続の講演会は、今回で終了ですが、今後も、現代の問題を考えることをテーマにした講演は、計画していきます。

投稿者 admin : 09:55

2006年12月05日

聖学院大学チャペルコンサートのご案内

第7回チャペルコンサートを開催いたします。今年は「グレイス・ハンドベル・クワイア」によるハンドベルコンサートです。入場は無料ですが、人数に限りがありますので事前に下記の要領でお申し込み下さい。

【グレイス・ハンドベル・クワイア クリスマスコンサート】
日時:2006年12月16日(土) 18:00開演 (17:30開場)
場所:聖学院大学チャペル →アクセスはこちらから

プログラム:オープニング  ジョイアス リング/ワーグナー
       第1部      シンフォニア オン ハイフライドール/マッチェスニー編曲
                 きよしこの夜/モクルバスト編曲  ほか
       第2部      ジュビレーション/バリッシュ
                 リフレクションズ/バックワルター  ほか
       休憩
       第3部      くるみ割り人形/マッチェスニー編曲
                 ディズニー ファンタジー ベルズ オン パレード
/吉田年一編曲 ほか
       第4部      ホワイト クリスマス/ドブリンスキー編曲
                 ウインター ワンダーランド/ワーグナー編曲 ほか

※グレイス・ハンドベル・クワイア(日本ハンドベル連盟)
  1982年4月、日本ハンドベル連盟直属のハンドベルクワイアとして結成、指揮者を含め18名の学生・社会人で構成されています。神様を讃美することを第一に、心のこもった演奏で多くの方にハンドベルのすばらしさを伝える活動を続けています。

【お申し込み方法】
往復はがきに①氏名、郵便番号、住所、電話番号
        ②参加人数
をご記入の上「〒362-8585 埼玉県上尾市戸崎1-1 聖学院大学チャペルコンサート係」までお送り下さい。

投稿者 admin : 15:37

幼稚部クリスマスべークセール開催

聖学院アトランタ国際学校で11月29日(水)、幼稚部クリスマスべークセールが開催されました。1時・2時・3時30分から各30分間、「いらっしゃませ。」「Thank you.」の大きな声がロビーに響き渡りました。
子どもたちが2日がかりでクッキーやケーキを学校のキッチンで焼き上げ、お母様方がお客様になってお買い物をしました。メニューを決める・作る・包装する・値段をつける・お客様に渡すサンキューカードを作る・お店を開く・売る・などの仕事を、年長さんをリーダーに分担し、店頭の宣伝文も「日本語と英語両方書く! 」と積極的な子どもたち。
売り上げは各自の持ち寄ったクリスマス献金に合わせて赤十字やウィクリフ聖書協会などに送られます。「献金」の意味が分かるようにと始めたベークセールでしたが、自分たちも出来ることがあることを知り、人のために働くことが出来た喜びを味わい、子ども達のほうが大きく成長できたようでした。
売り上げは322ドル。小さな温かな思いが世界中に届きますように。


投稿者 admin : 14:16

2006年12月02日

留学生日本語弁論大会

11月29日(水)11時からのアセンブリー・アワーの時間に、学内で第4回聖学院大学・留学生日本語弁論大会が行われました。
これは学内の留学生を対象に行われるもので、今年は全学科より計7名の出場者がいました。
学年は2~3年生、出身国は中国、韓国、アメリカでしたが、日本語の語学力、スピーチ内容と共に、非常にハイレベルなものでした。留学体験を通して感じた文化の違いや、展望などが語られ、学長賞が1名、国際部長賞2名、学部長賞4名に授与されました(下記参照)。

大会後には、表彰式・交流会が立食形式で行われました。学長や国際部長などの挨拶では、「国際交流について改めて深く考えさせられる機会となった」「この心の交流を全学に広げていきたい」との感想が述べられました。参加者約80名。

1.学長賞
・朴哲君さん(人間福祉学科2年)「私から見た日本人」

2.国際部長賞
・王勃さん(政治経済学科3年)「私たち新世紀の責任」
・干洋さん(日本文化学科2年)「後輩の留学生たちに伝えたいこと」

3.学部長賞
(1)政治経済学部長賞
・何志遠さん(コミュニティ政策学科3年)「日本に来て感じた事」
・劉穏さん(コミュニティ政策学科2年)「留学生活」

(2)人文学部長賞
・George Matterさん(欧米文化学科3年)「ヒッポハウス:外国人ハウスの生活」

(3)人間福祉学部長賞
・王妍さん(児童学科3年)「日本の国際化について」

投稿者 admin : 17:15

2006年12月01日

第2回外国語スピーチコンテスト


11月25日(土)午後2時から5時まで聖学院大学チャペルにて、第2回の外国語スピーチコンテストが開かれました。全国の高校生を対象とし、(1)一般英語部門、(2)帰国生英語部門、(3)留学生による日本語部門の3部門が設けられました。予選は聖学院大学教員により、応募者約100名を審査、16名が25日の本選に出場しました。
第1回同様、今回も語学面、内容面共に非常にレベルの高いコンテストでした。特に現代の社会問題となっている、いじめや自殺などを考察し、生命の大切さを主張する内容が目立ちました。
審査結果は下記のとおりです。
(以下、留学生による日本語部門は、留学生部門と略。)

1.最優秀賞
<帰国生英語部門> 奥谷聡子さん 頌栄女子学院高校(写真)

2.部門賞
<一般英語部門>  モラレスゆかりさん 柏市立柏高校
<帰国生英語部門> 小田千晶さん 慶應義塾湘南藤沢高等部
<留学生部門>   トイヴォネン ダニエルさん 渋谷教育学園幕張高校

3.特別賞
<一般英語部門> 江原美希さん 女子聖学院高校

4.奨励賞
<一般英語部門>
・佐々木信平さん 市原中央高校
・中川結葵さん 国際学院高校
・東孝史郎さん 別府羽室台高校

<帰国生英語部門>
・茅沼友希さん 頌栄女子学院高校

<留学生部門>
・ジャン ヘリンさん 東京ワールド外語学院

5.入賞
<一般英語部門>
・安藤佑一さん 聖学院高校
・今井麻未さん 神奈川県立弥栄西高校
・小川春菜さん 女子聖学院高校

<帰国生英語部門>
・古賀彩さん 東京学芸大学附属高校大泉校舎

<留学生部門>
・ジョン ウ ジンさん ジャパンフジインターナショナルスクール
・チョウ ショウ レイさん 日本東京国際学院

投稿者 admin : 16:15

各校クリスマスイルミネーションのご案内

各校のクリスマスイルミネーション点灯期間及び時間は以下の通りです。

◆聖学院大学 →アクセスはこちらから
11/22~1/6 16:00~22:00

◆聖学院中高 →アクセスはこちらから
11/22~1/6 16:00~21:00

◆女子聖学院中高 →アクセスはこちらから
11/27~1/5 16:00~23:00

◆聖学院小学校 →アクセスはこちらから
11/24~1/6 16:00~24:00

投稿者 admin : 14:39